149キロのストレート。内角を狙ったラストボールは、やや中寄りに入って来た。大田のバットから快音が響くと、打球は左越えの二塁打。勝ち越しの3点目を許してしまった。「もっと冷静に見つめていたら……」と加治屋は試合後、自らの心理状態を悔やんだ。

「フォークに合っていない。それは誰が見ても分かるところ。冷静に、今思えば……。厳しくいく場面で、ああいう結果はない。自分のツメの甘さが出てしまった」

 今季、チーム最多の72試合に登板。昨季の最優秀中継ぎ賞・岩崎翔、昨季54セーブの絶対的守護神、デニス・サファテを故障で欠き、当初は頭数すらそろわない状況だったブルペンを、プロ5年目の26歳が必死に支え続けた。奮闘し続けたその姿を、博多のファンは知っている。だから責めたりしない。罵声も飛ばない。しかし、落胆のため息と、何とも言えないもどかしさが交錯する重たい空間で、すぐに気持ちを立て直すのは難しい。

 続く近藤健介に対しても、今季5打数1安打と抑えている。それでも今、最も「打率4割に近い男」とまで呼ばれる高いバッティング技術で、今季の打率.323をマークした左バッターだ。

 レギュラーシーズンなら、ここで「8回の男」を簡単に代えたりしない。いや、できないのだ。実績を積み、修羅場をくぐり、確固たるポジションをつかんだ右腕を、打たれたから、点を取られたからといって簡単に降板させるわけにはいかない。仮に降板させたりすると、選手は「信頼されていない」というメッセージと受け取る。だから、工藤は動かなかったのだ。

 しかし、この試合はポストシーズンだ。勝てばファーストステージ突破。一戦必勝の負けられない戦いでは、個人の気持ちや記録は度外視してもいい。1点差の終盤なら、まだまだ、何かが起こる可能性がある。逃げ切ろうとする相手だって苦しい。だからこそ、最小失点で食い止めなければならない。ブルペンでは、左腕の大竹耕太郎が「加治屋に何かあったときのために、準備はしておいてくれ」と指示を受けており、スタンバイをしていた。ならば、左打者の近藤のところであえて加治屋を降板させ、大竹をぶつけることで1失点にとどめるという、最善の手を尽くすべき状況だった。

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工藤監督は交代させなかった…