「安室奈美恵を語る会」主催ライターが明かす「正体明かさずに戻ってきてほしい」 (2/4) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

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「安室奈美恵を語る会」主催ライターが明かす「正体明かさずに戻ってきてほしい」

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安室奈美恵

安室奈美恵

平賀哲雄さん(撮影/金城珠代)

平賀哲雄さん(撮影/金城珠代)

 僕自身も15、6歳ごろ、NHKの歌番組でバックダンサーとして踊る安室ちゃんや、SUPER MONKEY’Sのメンバーとして出演していたロッテ・マスカットガムのCM、女優として出演していたテレビ朝日系のドラマ『いちご白書』(1993年)を見てファンになり、「TRY ME~私を信じて~」が大ヒットしたころには、ほとんどの曲の振り付けを完コピして踊れるようになっていました(笑)。

 彼女が着た青いサテン地のシャツにホットパンツというファッションが流行し、いわゆるアムラー現象が始まりますが、もちろん当時学生だった僕もサテンのシャツに革ジャンを羽織ったりしていました。いまで言う、オタクですね。学校中の人たちが、僕が安室ファンだと知っていましたから。

 語る会には僕のほかにも男性ファンが来ていましたし、みんなそれぞれに「カッコよくてかわいい安室ちゃん」とのストーリーを持っていて、それは引退で途切れるものではなく、彼女が発信し続けてきた音楽とともにこれからも続いていくものなのだと思います。

――25年間で、ファンの層も変わってきたかと思います。

 25年もやっていたら音楽性が変わり、ファンの層が変わっていくアーティストは珍しくはありませんが、安室ちゃんのファンは親子2世代、3世代でライブに来ている方もいます。アムラー現象があった90年代はまだバブリーな匂いがした時代で、かなり昔のことです。でもその人物がまだファッションリーダ―として、あの頃の僕らの年代であるいまの10代もまだ「安室ちゃん」に夢中になっている。40歳の彼女に対してです。これは前代未聞だと思います。

 彼女がライブやミュージックビデオ、CDジャケットなどで身につけたファッションを振り返るだけで、日本の25年のファッション史になってしまうほど、ファッションアイコンとしても活躍してきました。このタイミングで引退するのも、そうであるうちにという思いもあるのでしょう。


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