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1イニングで4アウトに5アウト…夏の甲子園、“誤解”から生まれた珍事

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久保田龍雄dot.

1982年の益田vs帯広農。思わぬ出来事が起きた (c)朝日新聞社

1982年の益田vs帯広農。思わぬ出来事が起きた (c)朝日新聞社

 記念すべき第100回全国高校野球選手権記念大会が開幕し、今年もどんなドラマが生まれるか大いに楽しみだが、懐かしい高校野球のニュースも求める方も少なくない。こうした要望にお応えすべく、「思い出甲子園 真夏の高校野球B級ニュース事件簿」(日刊スポーツ出版)の著者であるライターの久保田龍雄氏に、夏の選手権大会で起こった“B級ニュース”を振り返ってもらった。今回は「誤解から生まれた珍事編」だ。

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*  *  * 
 1イニング4アウトの珍事が起きたのが、1982年の2回戦、益田vs帯広農。4対2の9回、益田は1死二、三塁で、4番・豊田伸広の投前スクイズが内野安打となり、5点目を挙げた。三塁走者・斎藤浩三に続き、二塁走者・中村藤雄も本塁を突いたが、三本間に挟まれてタッチアウト。2死一塁となった。

 ところが、スコアボードのアウトカウント表示は1死のまま。これが誤解のもととなった。

 次打者・金原政行は二飛に倒れ、スリーアウトになったにもかかわらず、4人の審判は2死と思い込み、“3死一塁”で益田の攻撃が続行された。

 この時点で間違いに気づいていた帯広農の星栄監督は、次打者・池永浩二が打席に入ったとき、抗議しようとしたが、「きっかけを失った」という。マウンドの加藤浩一も「おかしいなと思ったけど、僕の間違いと思って」そのまま池永と勝負した。

 一方、益田のベンチでも、槙和久監督をはじめほとんどの選手が間違いに気づいていたが、「審判は何も言わないし、ウチの攻撃で得だから」とアピールすることなく、攻撃を続行した。

 ここで控えの郷司裕審判委員幹事が間違いに気づき、森武雄球審に伝えようとしたが、すでにインプレー中で、池永が2球目を打つ直前だったため、間に合わなかった。

 直後、池永は三ゴロに倒れ、前代未聞の4アウトチェンジという珍事に。三ゴロは公式記録から消されたのは言うまでもない。“幻の打席”となった池永は「打つときはまったく気がついていなかった。何だか不思議な気分です」と当惑するばかりだった。

 試合後、森球審は「ポンポンと進んでまったく気づかなかった。こんなミスは初めて。両チームのナインにすまないことをしたと思います」と反省しきりだった。



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