4月中旬のモテカルロ・マスターズでクレーコートのスタートを切り、5週間で8勝4敗。その間に3人のトップ5選手を破り、決勝まで勝ち進んだモンテカルロの翌週のバロセロナは初戦棄権というのが、ここまでの錦織の戦績だ。本人は、先述したように5セットマッチへの不安を口にしたが、コーチのダンテ・ボッティーニは「圭のスタミナは問題ない。それどころか、今までで一番良いくらいだ」と太鼓判を押す。“レジェンドコーチ”のマイケル・チャンも「今年はクレーコートに入る前に、とても良いトレーニングができた。マイアミは早く負けたが、その分、例年以上に準備をしてここに来られた」と、ボッティーの見立てを裏打ちした。全仏会場に入ってからも連日、ファンマルティン・デルポトロやリシャール・ガスケらトップ選手相手に、緊張感と明るい雰囲気の交錯する練習を重ねている。ボッティーには「こんなことを言うコーチは珍しいとは思うけれど、僕は純粋に、圭のテニスを見るのが好きなんだよ」と、明朗な笑みを顔中に広げた。今、錦織を中心とするチーム全体が、新鮮な充実感と期待に包まれているようだ。

 錦織が見るように、男子テニスの勢力図はこの一年で大きく様変わりし、選手層は厚みを増している。赤土で信じがたい猛威を振るうラファエル・ナダルが圧倒的な優勝候補であることは間違いないが、逆に言えば、それ意外のルールや法則は流動的だ。錦織とドローの同じ山に居る第2シードのアレクサンダー・ズベレフは、既にマスターズ3大会を制しているが、グランドスラムに限ればまだ4回戦を突破できていない。19歳のステファノ・チチパスのように、シードこそついていないが、急成長中で誰をも破るポテンシャルを有する若手も居る。膝の手術からの復帰過程で苦しんでいるワウリンカも、モンテカルロの錦織がそうであったように、突如として歯車が噛み合う可能性があるだろう。

 それら多くの不確定要素に満ちた今回の全仏オープンにおいて、錦織もまた、新しい何かを起こしうる興奮の因子だ。

 一試合ずつ集中し、2週目やその先を目指しながら――見る側も、そんな錦織の姿勢に寄り添い胸を高鳴らせる、楽しみな戦いがいよいよ幕を開ける。(文・内田暁)