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江本孟紀「政治家になってわかった『ほとんどの国民はスキャンダルにしか興味ない』」

エモヤンのわが野球人生(5)

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大阪府知事選に立候補し、支持を訴える江本さん=2004年 (c)朝日新聞社

大阪府知事選に立候補し、支持を訴える江本さん=2004年 (c)朝日新聞社

野球選手を引退した後の人生を語る江本さん。4月には自伝『野球バカは死なず』(文春新書)を発表した(撮影/西岡千史)

野球選手を引退した後の人生を語る江本さん。4月には自伝『野球バカは死なず』(文春新書)を発表した(撮影/西岡千史)

「ベンチがアホやから」発言でプロ野球選手としての生活が突然終わってしまった江本孟紀さん。ところが、その直後にベストセラー作家になり、野球解説者としても活躍。辛口批評の「エモやん節」は、多くの野球ファンを喜ばせた。そんな「第二の絶頂期」を迎えた44歳の時、新たな転機を迎えた。エモやんが自身の野球人生を振り返るシリーズ「エモヤンのわが野球人生」(全5回)の最終回。

【写真】野球選手引退後の人生を語る江本さん

* * *
 私は、11年周期で転機が訪れるんです。プロ野球選手としての現役生活は11年。そして、引退して11年後の1992年、アントニオ猪木さんから参院選に「スポーツ平和党から出馬しないか」との打診がありました。

 政治家になろうと思ったことなんてまったくありませんでした。ただ、野球解説者の仕事がマンネリ化しているなと感じていたのも事実。猪木さんの誘いはずっと断っていたのですが、公示日ギリギリに「決断しろ」と言われ、出馬を決めました。

 もともと世の中への関心は高い方で、政治家としてはスポーツ振興政策が中心になりました。世界の政策を調べたり、日本にはスポーツを扱う省庁がなかったこともあり、専門の省庁を新設するよう提言したりしていました。2015年10月にようやくスポーツ庁ができましたが、私の活動も少しは影響したのかな(笑)。

 政治家になってわかったことはたくさんあります。一番は、ほとんどの国民はスキャンダルにしか興味がないこと。私たちが議員として活動しても、一般の国民は日常の活動を見ていないことがよくわかりました。

 たとえば、以前は災害が起きた時、自衛隊や警察、自治体などの連絡方法がバラバラで、情報伝達が混乱しました。災害の司令塔もなく、トリアージ(被災者の重症度に応じて治療の優先度を決めること)のルールもなかった。これも世界の制度を調査して、仲間の議員たちと提言を出しました。まだまだ課題は残されていますが、その後の災害時の対策は以前に比べものにならないほど進歩しました。



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