好投・松坂大輔が悔いた1つのミス…期待高まる「3度目の正直」 (2/4) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)
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好投・松坂大輔が悔いた1つのミス…期待高まる「3度目の正直」

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喜瀬雅則dot.
中日・松坂大輔 (c)朝日新聞社

中日・松坂大輔 (c)朝日新聞社

 1-1の同点で迎えた4回のことだった。

 先頭の西岡剛が、6球目の123キロのスライダーを引っかけた。一塁線方向に跳ねた、そのボテボテの打球に向かって松坂はダッシュでマウンドを降りていく。松坂は西武での8年間で7度のゴールデングラブ賞を獲得するなど、投手としての守備にも定評がある。ところが、その何でもないゴロを左手のグラブではじいてしまった。

 手に付かなかったそのボールを慌てて右手でつかみ、一塁へバックトス。それでも間に合わない。俊足の西岡を一塁に置いて、阪神のクリーンアップを迎えることになった。

 中盤の我慢どころ。点をやりたくない場面だ。

 失点した2回、松坂のクイックモーションは1秒4から1秒6台。ところが、4回は1秒2から1秒3台。西岡への警戒を強めるあまり、わずかに、コントロールを乱れさせた。3番・糸井嘉男に四球を許し、無死一、二塁とされると、続くロサリオには右前へ運ばれて無死満塁。ここで迎えたのが、5番・福留孝介。阪神で最も頼りになるクラッチヒッターでもある。

 松坂より3歳年上の40歳。年齢は違うが、1998年のドラフト会議で指名された同期生だ。福留は中日へ、松坂は西武へ。2004年、銅メダルを獲得したアテネ五輪、06年、09年と連覇を果たしたWBCで、2人は日本代表のチームメートだった。

 メジャーへと挑戦の舞台を移したのは、松坂が07年、福留は翌08年。そして今、ベテランと呼ばれる年となった2人は再び日本へと戻り、今もなお、現役でプレーしている。

 まるで重なり合うかのような、2人の栄光の歴史。しかし、意外にもメジャーでの対決はない。日本でも、セ・パ交流戦がスタートした初年度の05年に、西武の松坂と中日の福留が対戦したのはわずか8打席。福留は松坂からヒットは打てず、2三振を喫している。

「13年ぶり? あ、そう? 13年前と比較するわけじゃないけど、大輔も知ってるし、懐かしい感じもあるよね。でも、勝負は勝負だから」

 2回、無死一塁からチャンスを広げる右前打。これで一、三塁とし、続く糸原健斗の中犠飛を誘発、先制点を奪った。福留にとっては、この一打が松坂からの初安打だった。

 4回、2度目の対戦。

 初球、114キロのカーブが外角へすとんと落ちる。「ストライク」のコールに、見送った福留が思わず天を仰いだ。続いてファウル、ボールと来ての4球目。インコースの138キロ。福留が捉えたと思った一打は、カットボールだった。微妙にバットの芯を外された一打は遊ゴロ併殺。そのゲッツー崩れの間に2点目を許したが、松坂はその回を最少失点に食い止めた。

 ただ、生還した西岡は自分のミスで出した走者。2失点ながら「自責1」。自分がエラーしていなければ同点のままだった。4連敗中だったチームが勝機を見いだすには、先発の自分がまずは踏ん張る。その重要性を感じていたからこそ、勝ち越されたその失点が、どうしても悔しい。

 


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