圧巻のシーンは、7回だった。

 ちょっとしたアクシデントがあった。大山悠輔に対しての投球時だった。

「バッター、誰だったか忘れましたけど、力んで(左)足を(地面に)つくタイミングが合わなくて、捻るようなつき方をしてしまったんです」

 異変を察知した朝倉健太投手コーチが、慌てて一塁側ベンチを飛び出す。それでも松坂は両手で「○」のサインを作り、マウンドへ戻った。

 俺が投げる。

 自ら招いた最大のピンチに、松坂は逃げずに立ち向かった。2本のヒットと四球で2死満塁。阪神は代打の上本博紀を送り込んできた。ミートのうまい巧打者だけに、やっかいな相手だ。カウントが2ボール1ストライクと、ボール先行のカウントになったときのことだった。

「頑張れ」「踏ん張れ」

 ナゴヤドームに、自然発生的に拍手が巻き起こった。ファンからの熱い後押しに、燃えないはずがなかった。この日、制球がよかったカットボールで勝負に出る。137キロでファウルを奪い、カウント2-2からの5球目。この日123球目の134キロに、上本のバットが空を切った。

 右手で、小さくガッツポーズ。そして、その拳で竜の刺繍が入ったブルーのグラブを叩いた。

 ただ、チームの勝利にはつながらなかった。松坂には、今季2つ目の「負け」もついた。それでも、ソフトバンクでの3年間で1軍登板はわずか1試合、去年は一度も公式戦のマウンドに立てなかった37歳が、そのブランクを乗り越えて123球を投げ、阪神を7回2失点に封じた。

 今月5日の巨人戦が5回3失点、そして中13日で迎えた今回が7回2失点。結果も内容も、すべてが上向きに好転しているのは明らかだ。

「120球という球数を投げましたけど、バテたとか、そういう感覚はないですね。もう一段階、投げられる状態ができたのかもしれない」

 最速は142キロ。全盛期に比べれば、10キロ以上は遅い。それでも、カットボールやツーシームを操り、カーブやスライダーで巧みに打ち気をそらせる。その投球術が光り出したのは、まさしく実戦勘が戻ってきたからだろう。

 松坂は休養期間を置くために、前回の巨人戦後と同様に登板翌日の20日、出場選手登録を抹消された。

 それでも、次の登板日はすでに内定している。試合終了後、監督の森繁和から通達されたのは、抹消期間の最短となる10日間を経ての「中10日」となる4月30日のDeNA戦(ナゴヤドーム)だった。

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「3度目の正直」なるか