羽生結弦、「バラード第1番」のステップに込めた思い (2/2) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

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羽生結弦、「バラード第1番」のステップに込めた思い

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平昌五輪でショートプログラムを演じ終わった羽生結弦(写真・Getty images)

平昌五輪でショートプログラムを演じ終わった羽生結弦(写真・Getty images)

 現役時代も卓越したスケート技術で音楽をあますところなく表現したバトルについて、羽生は次のように評する。

「ジェフの振付って、いつも彼が音楽を聴いて、完全にプログラムを創っていて、それを僕が教えてもらってやる、という感じがすごく多い。だから、いつも彼のステップ、プログラムを見ていて、僕は『ああ、これできないな』と思いながらやっています。だからいつか、僕のプログラムをフルでやってもらいたい」

 そして、こう続けた。

「今日実は、分かった方もいらっしゃったかもしれないですけれども、オープニングで僕のショートのステップやってくれているんですよね。本当にすごいです。あれがオリジナルです。僕はレプリカです」

 五輪連覇という偉業を成し遂げた羽生は、自らのスケーティングがさまざまな先人の流れを受け継いで出来上がっていることを強く意識している。そして、羽生がそれを受け継ぐ者となったのは、バトルに「挑戦する」という思いを抱かせるようなスケートを身につけてきたからだ。羽生がバトルへの感謝と共に披露したステップは、レプリカというにはあまりにも質が高すぎた。

 来季のプログラムについて、羽生は「まだ曲も何も決まっていない」としながら、次のように語っている。

「前は『どうやって勝てるプログラムを作るか』といったことも含めて考えていたんですけれども、これからはわりと、自分の気持ちに正直に、自分がやりたいなと思う曲とか、自分が見せたいなというプログラムを考えながら選曲して、そして振付もして頂きたいなというふうに、今は考えています」

 それぞれの振付師の魅力を知り抜いており、同時に彼らの意欲をかき立てる存在である羽生結弦。その羽生が自分の気持ちに正直に創るという来季のプログラムに、期待は膨らむばかりだ。(文・沢田聡子)

●プロフィール
沢田聡子
1972年埼玉県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、出版社に勤めながら、97年にライターとして活動を始める。2004年からフリー。シンクロナイズドスイミング、アイスホッケー、フィギュアスケート、ヨガ等を取材して雑誌やウェブに寄稿している。「SATOKO’s arena」


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