サヨナラ弾放って本塁に戻って来たのは“別人”… 一体何が起こったのか? (2/3) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

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サヨナラ弾放って本塁に戻って来たのは“別人”… 一体何が起こったのか?

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久保田龍雄dot.
中日時代の彦野利勝=98年撮影 (c)朝日新聞社

中日時代の彦野利勝=98年撮影 (c)朝日新聞社

 3対3で迎えた延長12回表2死一塁、秋山幸二(西武)が自打球を右目に当てて昏倒。担架で運ばれて退場したことが発端だった。

 当然代打のケースだが、全パはすでにすべての野手を使いはたしていた。困った森祇晶監督(西武)は特例措置として一度出場した佐々木誠(ダイエー)の代打出場を認めてほしいと要請。全セの藤田元治監督(巨人)は同意したものの、審判団が「ルールを曲げるわけにいかない」と拒否したため、未出場の投手の中から代打を選ばざるを得なくなった。

 そこで、白羽の矢が立てられたのが、前日の第1戦で先発して6三振を奪った野茂。「秋山に代わりまして代打・野茂」のアナウンスにスタンドのファンは大歓声を上げた。

「立ってるだけでいいんでしょ」と秋山のカウント2-2を引き継いだ野茂は、打席の端っこで遠慮がちにバットを構え、槙原寛己(巨人)のすっぽ抜け気味のフォークを見送り三振に倒れた。ただし、三振は秋山に記録された。

 思いがけず代役を務めた野茂は「打席に立つのは社会人時代以来です。でも、こんなときには、オールスターなんだから、特別なルールを作っておけばいいじゃないですか」と照れ笑い。

 その裏、野茂に代わって同じく投手の工藤公康(西武)がレフトへ。駒田徳広(巨人)の左中間への飛球をセンター・愛甲猛(ロッテ)とともに追いかけ、これまたスタンドを沸かせた。

 次もオールスターの話である。

 1996年7月21日の第2戦(東京ドーム)、7対3とリードした全パ・仰木彬監督(オリックス)は、9回表2死無走者、打者・松井秀喜(巨人)という場面で、ライトのイチロー(オリックス)をマウンドに送った。

 高校時代はエース・4番で、甲子園のマウンドで投げたこともあるイチローは、前年のオールスター第1戦のスピードガンコンテストでも146キロを計時。投手・イチローvs打者・松井という夢の対決が実現するかに思われた。

 ところが、全セの野村克也監督(ヤクルト)は松井を引っ込め、なんと投手の高津臣吾(ヤクルト)を代打に送る。スタンドの大歓声は一転ため息に変わった。



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