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「難治がん」の記者が悩む 文章で(笑)を使うべきかどうか

連載「書かずに死ねるか――「難治がん」と闘う記者」

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野上祐(のがみ・ゆう)/1972年生まれ。96年に朝日新聞に入り、仙台支局、沼津支局、名古屋社会部を経て政治部に。福島総局で次長(デスク)として働いていた2016年1月、がんの疑いを指摘され、翌月手術。現在は抗がん剤治療を受けるなど、闘病中

野上祐(のがみ・ゆう)/1972年生まれ。96年に朝日新聞に入り、仙台支局、沼津支局、名古屋社会部を経て政治部に。福島総局で次長(デスク)として働いていた2016年1月、がんの疑いを指摘され、翌月手術。現在は抗がん剤治療を受けるなど、闘病中

宮沢喜一元首相と高坂正堯京大教授の対談「美しい日本への挑戦」(文芸春秋、1984年)より。憲法と安全保障問題の間に「曖昧さがあるほうがいい」という高坂に対し、宮沢は「先生がおっしゃれば曖昧さというのは立派に通るんですが、私が曖昧さといいますとね、これはなかなか世の中で受けつけてくれない。(笑)」と応じる

宮沢喜一元首相と高坂正堯京大教授の対談「美しい日本への挑戦」(文芸春秋、1984年)より。憲法と安全保障問題の間に「曖昧さがあるほうがいい」という高坂に対し、宮沢は「先生がおっしゃれば曖昧さというのは立派に通るんですが、私が曖昧さといいますとね、これはなかなか世の中で受けつけてくれない。(笑)」と応じる

 働き盛りの45歳男性。がんの疑いを指摘された朝日新聞記者の野上祐さんは、手術後、厳しい結果を医師から告げられる。抗がん剤治療を受けながら闘病中。

【宮沢喜一元首相と高坂正堯京大教授の対談で使われた(笑)】

*  *  *
 いやにくっきりと覚えているのは、それが明け方の最後に見た夢だったからだろうか。

「彼に気づかれないようにこっそりと進めたいというわけだな」

 朝日新聞社の一角とおぼしき部屋。でっぷりとした姿で私の目をのぞき込んできたのは、本来そこにいるはずのない元首相だった。「いま、トレーニングをしながら考えたんだが」という口ぶりは、あまり乗り気でないように感じられた。右隣に腰かけている同僚の様子をうかがうと、ドロンとした目でこちらもやる気を失っている。まずい。ここで相手を説得できなければ、予定している連載の回数を減らさざるをえなくなる。1本なら構わない。だが今それを口にすれば、どんどん減らされ、同僚のやる気はゼロになる。「この連載は画期的なんです」と説得しようと、笑顔の下で必死に頭を回転させる。さて、どこが画期的だと説明したものか……。

 けっきょく答えが出ないまま、夢から目覚めたのは3月2日の明け方だ。そこではなぜか、元首相は会社の上司で、私は病気のために途中で投げ出した福島総局のデスクを続けていた。同僚のやる気のなさなど、実際とは大きくかけ離れている。唯一、リアルだったのが、自分のつくり笑顔だった。

 人の心には浮き沈みがある。あの顔で自分は、ともすれば遠ざかろうとする人の心をつなぎとめ、闘ってきたのだ。

 まだそうした日々への執着がある、ということか。今になってこんな夢を見るなんてと自分がいじましく、鼻の奥がツンとした。

 この気持ちを忘れまい。薄れゆく夢をスマートフォンで書きつけた。A4判で2枚ほどの分量になった。

  ◇
 「書き残さなければ」という切迫感と、「気づいてしまった以上は伝えなければならない」という使命感。

 この二つが相まって、自分の文章はこのところますます長く、直接的になっている。

 メールやSNSのメッセージは普通、相手との間に波風を立てまいと、筆を抑えるものだ。



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