小泉今日子の不倫宣言に揺れる豊原夫婦の分水嶺とは? (2/5) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

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小泉今日子の不倫宣言に揺れる豊原夫婦の分水嶺とは?

連載「男と女の処世術」

小泉今日子の不倫相手、豊原功補の会見の様子(撮影/大塚淳史)

小泉今日子の不倫相手、豊原功補の会見の様子(撮影/大塚淳史)

 多くの人が混乱するのは、法律的には現実的に成り立っていないほうの関係(婚姻関係)が支持されるにも関わらず、現実は、法的には弱いけど現実に成り立っている方の関係(事実婚関係)に動いていく力が働くからです。「秩序」VS「自分の気持ち」という問題には決まった答えなどなく、一人一人が生きながら個別に判断していくべき永遠のテーマのように思えます。豊原さんも「いろんな思いの中で暮らしている。それぞれに、この状況に対して向き合って日々向き合って、生きている」と会見で言っています。

 こういう板挟みのとき、人の気持ちや態度は大きく分ければ、

・どちらとも「うまく」やっていきたい(または「波風を立てたくない」)
・どちらかを選ぶ

の2つです。気持ちと態度は必ずしも一致しないので、そこからさまざまなドラマや修羅場が生まれます。

 以前、ご相談においでになっていた男性・Aさんは、はっきりおっしゃいました。

「自分は、(不倫相手と妻の)どちらともうまくやっていきたい」

 私は正直な人なんだな、と思いましたが、当たり前のことですが、それで話がおさまるはずはありません。妻が激高して「そんな都合のいいこと許されると思っているの」、「日本は一夫一妻制なのよ」、「人間としておかしい」、「私の何が悪かったの」などさまざまなことを言いましたが、Aさんは

「何と言われても、それが自分の本当の気持ちだから」

と一貫していました。

 そういうAさんのような例は極めてまれで、本音では「どちらともそれなりにうまくやっていきたい」「波風を立てたくない」と思っていても、その通りに言うと炎上してしまいますから、そうはおっしゃらないケースが大多数です。

 妻には彼女の存在を隠し続けて、彼女には「妻とはうまくいっていない、離婚する」というのも結局、どちらともうまくやっていきたいということです。発覚したら、妻には「彼女とは別れる」と言い、彼女には「もうちょっと待ってて」などというのも同じです。



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