隆之さん(仮名)は、仏頂面でおいでになり、開口一番「浮気したこと自体は私が悪いので、妻が来いと言うことに拒否権はないと思うから来ましたが、(離婚したいという)私の気持ちは変わりません。他に言うことはありません」と言い切りました。取り付く島もないなぁと感じながらも、隆之さんの気持ちを聞いていくと、次第に気持ちが緩んできて、妻への怒り・不満をおっしゃいました。世間的にみれば不倫をした夫が怒りと不満をぶちまけ、それを妻が共感するというのも妙に見えるかもしれませんが、妻も隆之さんの気持ちに共感を示されて、夫婦で涙し、その後お二人で話ができるようになりました。

 一方、梢恵さん(仮名)は、「自分は浮気をしてしまって、悪いとわかっている。どうにか夫をこれ以上傷つけないようにしたい。ただどうしたらいいかわからない」と沈痛な表情でおっしゃっていました。しかし、結局話していくと、夫とよりを戻すことが「正しいことだ」と考えている一方で、気持ちとしては「彼(浮気相手)とやっていきたい」ということでした。

「正しいことを取りますか、気持ちを取りますか?」

とお聞きすると、

「ああ、私の悩みはそういうことだったのですね」

と腑に落ちたようでした。

 この2人のケースは、分水嶺を越えていたようです。もちろん、結婚したときから超えていたはずはないですから、どこかのタイミングで越えたわけです。ただ、自分でもタイミングはわからなかったのです。

 豊原さんたちのケースが分水嶺を越えているのかどうかは、誰にもわかりません。しかし、公表するということは、強く自分の背中を押しますから、きっとその方向に進むのでしょう。

(文/西澤寿樹)

著者プロフィールを見る
西澤寿樹

西澤寿樹

西澤寿樹(にしざわ・としき)/1964年、長野県生まれ。臨床心理士、カウンセラー。女性と夫婦のためのカウンセリングルーム「@はあと・くりにっく」(東京・渋谷)で多くのカップルから相談を受ける。経営者、医療関係者、アーティスト等のクライアントを多く抱える。 慶應義塾大学経営管理研究科修士課程修了、青山学院大学大学院文学研究科心理学専攻博士後期課程単位取得退学。戦略コンサルティング会社、証券会社勤務を経て現職

西澤寿樹の記事一覧はこちら