ポナンザと対局する佐藤天彦名人(撮影/川村直子) (c)朝日新聞社
ポナンザと対局する佐藤天彦名人(撮影/川村直子) (c)朝日新聞社

 2017年4、5月で行われた第2期電王戦。結果は2局ともコンピューター・ポナンザの勝利となった。対戦した佐藤天彦名人が、戦いを通して発見したこととは? 著書『理想を現実にする力』の中でも綴った心境を、改めて伺った。

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 AIを脅威とみるか、人類を後押しする存在とみるか。私は今回のポナンザ戦を通して、どちらかというと後者の立場にいます。
対局中、当初は違和感を覚えたポナンザの不可解な一手も、自分が攻め込まれてはじめてそれは深い読みに裏打ちされた理想の一手であることに気づかされました。

 そのとき、勝負の苦しさから一瞬離れ、「こんなすごい存在がいるのだ」と一将棋ファンとして感動さえ覚えたのです。AIが繰り出す未知の一手に、将棋の新しい地平を見た気がしました。

 破れたのは、確かに勝負師として受け入れがたいほど苦しいことでした。なぜなら今回の戦いは一個人として戦っているものではなく、名人として、他の棋士やファンなど、たくさん人の思いを背負っていたからです。いくらコンピューターが圧倒的優勢と巷間で囁かれていたとしても、自分にとって譲れない勝負であることに変わりはありませんでした。

 ではなぜそんな状況下においても、純粋にソフトに感動できたのか。おそらく私には、「人間とコンピューターの強さは別物」という感覚が昔からあるためだと思います。

 人間同士の将棋、勝負というのは、ただ盤上で能力を発揮し合うだけのものではありません。必ずそこに至るまでのプロセスがあります。強い相手と戦うことになってプレッシャーを受けたり、「ああ、厳しい相手だなあ」と萎縮してしまって勉強の意欲が減ったりすることだってあります。

 でも、「それじゃダメだ」と自分の心と戦ったり、整理をつけたりして最終的に対局当日を迎える。もちろん盤上の戦いもすごく大変なのですが、必ず事前にそういうステップを踏んでいます。

 人間の強さというのは、他人との戦いはもちろんですが、自分自身との戦いによっても生まれ、育っていくものなのです。それに、人間は疲れも感じるし、集中力も永遠には続きません。判断ミスだって何度もします。

 しかし、そんなちっぽけな一人の人間が焦りや苦しさを乗り越えて、観ている側が感動したり、あっと驚くような勝負をしたりする。それこそが人間の将棋の醍醐味だと思うのです。

 負けが見えた瞬間の真っ赤な顔になって指す一手、勝利が見えたとき手の震えを抑えて指す一手、そこにいったいどれほどの思いが込められているか。きっと観ている側も、棋士と同じようにその感情を共有するものだと思います。

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