スケートをやめようと思った時期。それを経て、プレ五輪シーズンに強い浅田真央が戻ってきたこと。

 2013年3月の世界選手権。ショート6位からのフリー『白鳥の湖』。プログラムが進むに従って力を増して会場を沸かせ、3年ぶりに表彰台に返り咲いたこと。

 ソチ五輪、団体と女子シングルのショートプログラムでの転倒。16位で迎えた伝説のフリー『ピアノ協奏曲第2番』(ラフマニノフ)。1つ1つのジャンプに力がみなぎり、最後の最後まで集中しきった姿と、演技後の涙、そして笑顔。

 1カ月後の世界選手権での優勝。

 1シーズンの休養を経た復帰後の2016年世界選手権フリー『蝶々夫人』で見せた、強い女性の荘厳な美しさ。

 そして今シーズンの『リチュアルダンス』で、トリプルアクセルに挑んだこと。スパイラルでの落ち着いた笑顔。無駄はないが含みのある1つ1つの動き。ちょうどいい重みを持つ心地よい動きが詰まった、ベテランならではのステップ。

 振り返ってみると、ショートプログラムでミスをしてフリーに臨むことも少なくなかった。そんなときでも彼女は、フリーの最後まで諦めない演技を見せた。その結果が奇跡のようなものになっても残念なものになっても、そのまっすぐな姿に、私たちは胸を打たれた。

 私たちが見る彼女は、いつも華やかな舞台で輝いていたけれど、普段は冷たくて硬い氷の上で、地道に練習を続ける日々。けがや痛みがない日は、なかったかもしれない。それでも何があっても言い訳をせず、真摯にスケートに取り組んできた彼女の強い気持ちや純粋な思いが、私たちの胸を打った。そして気づけば、こんなにも愛される存在になっていた。

 会見の最後の挨拶で2度、目を潤ませて言葉に詰まり、後ろを向いてこみ上げるものを飲み込んだ。そして、本当に晴れやかな笑顔で会場を後にした。

 フィギュアスケートは「すべてやり切って、もう何も悔いがない」という。これからの彼女の人生にもたくさんの笑顔があることを、切に祈る。
(ライター・長谷川仁美)