いまでこそJ1からJ2への選手の移籍は珍しくないが、カズがJ2へ移ってまでもサッカーを続けようとしたことは、当時驚きをもって受け止められた。このときカズは、すでに38歳になっていたから、当然引退、という選択肢があってもおかしくなかった。

 しかし、実は、この移籍の前年、カズは、大きく生活を変えていた。栄養士の指導のもと、毎日の食事を根本から見直したのだ。

 栄養士から、「基本的に高たんぱく低脂肪を」と指導されたカズは、油を徹底的に避け、肉もサーロインや霜降りのステーキから脂の少ないフィレに切り替えた。ドレッシングもやめて、オリーブオイルと塩にした。揚げ物などもってのほかだった。その日に摂る食事の写真を撮って、栄養士に送って、可否を尋ねたりすることもあった。鉄分が足りないとわかると、1週間にわたって毎夕レバーだけをレストランに食べに行った。とにかくストイックなまでに食事に気を遣いはじめたのである。

 それは言うまでもなく、「引退」という言葉を遠ざけるためのよすがだった。

 いまでこそ、カズの食の「自由度」は増しているものの、バランスを考えた食事を意識しつづける姿勢は変わらない。

 先のグアム合宿ではこんな場面も見た。練習後、自室のソファーに座ったカズが一冊のノートをじっと眺めていたのだ。何かなと思ってのぞくと、そこには毎日の体重、走行距離、トレーニングメニューなどが自身の手書きでびっしりとメモされていた。もう何年も前から続けているのだという。

 プロ選手としてピッチに立つための努力と投資をカズは惜しまない。いまなお、若者たちと同じトレーニングをし、試合をこなしていく身体を維持できているのは、こうした不断の努力があればこそなのだ。

 と同時に、身体を支えるメンタリティー、とりわけポジティブな考え方がまるで失われていないことも現役でいられる大きな理由だ。

「サッカーへの思いとか情熱、やる気は昔から何も変わってない。逆に10年前より増しているかもしれない。12月、1月のキャンプだって、本当に1分1秒を大事に、妥協しないでやっているし。確かに前よりもやるべき細かい作業が多くなったし、マッサージ、筋トレ、ストレッチを含めて、時間はどうしても長くなってきているのは事実です。でも、一日はあっという間で、楽しい。幸せだよね、これだけサッカーがやれて。

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