「相手を議論で打ち負かしてはいけない。相手を論破してはいけない。自分のほうが正しい、自分の側の論理に明らかに非があると思っても、相手を追い込むようなことはしない。相手の誤りをはっきり指摘せずに、遠回しな言い方を用いて、相手が自ら誤りに気付いてくれるように期待する」

 こうした特異なコミュニケーション方法を取る日本人にとって、欧米で生まれた「議論によって意見の異なる相手を説得」し、「理屈で持って相手を組み伏せる手段」であるディベートは、なじまないというのだ。                

「グローバル化というと、海外のやり方を取り入れることばかりを考えがちだが、日本流を発信し、私たちのコミュニケーションの取り方について理解してもらう事も大切だろう、さらには日本流を広めることで世界中の対立の構図を和らげることができるといったアピールもできるはずだ。今こそ、日本的コミュニケーションが長年にわたって果たしてきた重要な役割とその価値を見直すべきであろう」(同書より)

 たしかに、グローバル化が進んでいる現代では、つい他国の考え方や文化を率先して取り入れることが重要とされている。それは、たしかにそうであろう。しかし、その一方で確実に失われるものがあるということも認識すべきかもしれない。

 我々には我々のやり方がある。この本を読むことで、今一度、日本人が長年培ってきた日本文化の奥ゆかしさ、美しさに目を向けてみてはいかがだろうか。