北國新聞の一面は独特だ。石川の文化・歴史が一面にくることも多い
能登半島の七尾にある七尾高校。明治32年(1899年)から校長を務めた奥田頼太郎の銅像が正門を入ったところにある。生徒たちの人望厚く、死の2年前に辞任する噂が出ると、生徒たちは県に留任の請願をだそうと集会を開き運動を始めるが、頼太郎は厳しく制止したと『七尾高校百年史』にはある。