■何とか松坂さんからヒットを打ちたい
山崎は2000年、ダイエー(現・ソフトバンク)からドラフト4位で指名され、プロ入りを果たす。当時の正捕手は城島健司。後にメジャーリーグのマリナーズや阪神でも活躍した大型捕手の存在に、山崎の存在はかすんでいた。入団から4年間は1軍経験なし。1軍に定着できるようになったのは、城島がマリナーズ移籍後の2006年だった。
その年、強肩と好リードで105試合に出場。ただ、当時ソフトバンクへと名前を変えていたチームは捕手の分業制で、先発投手との相性で起用されるケースがもっぱらだった。
松坂を先発させてくるときの西武戦は、まさしく1点勝負となる。点は絶対にやれない。だからこそ、ソフトバンクも当時のエース・斉藤和巳を先発に立てることが多かった。松坂対斉藤という火花の散るエース対決。その時、斉藤とコンビを組むのは的場直樹(現・千葉ロッテ戦略兼バッテリーコーチ)だった。
2006年プレーオフ第1ステージ初戦。西武ドームでの松坂対斉藤の激突は、1-0で松坂が投げ勝った。ちなみに、松坂はその試合を最後にメジャーへと旅立った。
「和巳さんと、よく投げ合っていましたよ。僕、あまり出てないから、あのプレーオフの投げ合いもベンチで見ていたんですが、すごかったです。僕らの年代では、やっぱり松坂大輔ってすごい存在なんです」
その松坂との対戦経験を、山崎に問うた。
「確か……、あったな」
記録をさかのぼると、2006年に2度、対戦がある。
「うっすら覚えていますよ。バット、折れたんです」
報徳学園の先輩たちは金属、プロの山崎は木製の違いはあるとはいえ、初めて松坂と対戦した山崎のバットも、ぽっきりと折られたのだという。
やっぱり、松坂さんはすごい--。
「他の投手と比べて申し訳ないんだけど、松坂さんに対して、打席に立てるのはうれしいんですよ」
その松坂と山崎が再び対戦できる日がやってきたのは 2018年5月30日、セ・パ交流戦の中日対オリックス戦(ナゴヤドーム)でのことだった。
松坂は中日、そして山崎はオリックス。プロとしてのスタートを切ったときのユニホームとは、互いに違う。それだけ長い月日が経ち、そして2人が今なお、プロの第一線で戦っているという証拠でもあった。
「180度、スタイルは変わっていますよね。それは分かっていること。そういうイメージで、こっちも対戦していました」
12年の時を経ての対戦。メジャー時代に右肘、3年前には右肩を手術した松坂は、もう150キロを超える剛球は投げることはできない。それでも、プロの捕手の「目」で見た松坂のピッチングには、その“術”が存分に詰まっていた。
「やっぱり、1軍で投げる投手ですよね。駆け引き、打ち気をそらすというのは」
全盛期より10キロ以上は遅い球でも、コーナーを巧みに突いてくる。きれいな真っすぐではない。カットボール、そしてツーシーム。打者の手元で動く球でバットの芯を外して、きっちりと打ち取っていく。
「スピードだけじゃないじゃないですか、プロ野球って。打ちにくさ、ボールの出し入れで勝負なんです。だから、打ちにくかったですよ」
8番・捕手でスタメン出場した山崎は、松坂との2度の対戦でいずれも三振。その投球術の前に、山崎のバットから快音は響かなかった。
山崎は昨季、1軍で17試合出場に終わった。22歳の捕手・若月健矢が台頭してきたオリックスで、ベテランは活躍の場を失いつつあるように見えた。ところが今季は、チームが93試合を消化した7月31日現在、60試合に出場。7月10日には自身2度目となるFA(フリーエージェント)の権利も取得するなど、プロ18年目にしてレギュラーを奪回した感すらある活躍ぶりを見せている。
まだまだ、若いヤツらには負けない。
山崎が見せる「プロの意地」は、今の松坂の姿にもダブってくる。メジャーからの帰国後3年間で1軍登板1試合。苦難と沈黙の時を経て、新天地・名古屋で復活をかけた今季、前半戦ですでに3勝をマーク。オールスターでは、セの先発投手部門でファン投票1位で選出され、12年ぶりの出場も果たした。その松坂の後半戦最初の先発登板は、8月1日の阪神戦(ナゴヤドーム)となった。背中の痙攣で先発予定を直前で回避した6月17日の西武戦(メットライフドーム)以来の公式戦マウンドになる。松坂の復活劇も、まだまだ“現在進行形”だ。
「また松坂さんとやれるように、僕も頑張りますよ。何とか、松坂さんからヒット、打ちたいですから」
それは35歳のベテラン捕手にとって、自らを奮い立たせる、新たな1つのモチベーションにもなる。あの春から20年。山崎は今もなお、憧れのあの人の背中を追い続けている。(文・喜瀬雅則)
●プロフィール
喜瀬雅則
1967年、神戸生まれの神戸育ち。関西学院大卒。サンケイスポーツ~産経新聞で野球担当22年。その間、阪神、近鉄、オリックス、中日、ソフトバンク、アマ野球の担当を歴任。産経夕刊の連載「独立リーグの現状」で2011年度ミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。2016年1月、独立L高知のユニークな球団戦略を描いた初著書「牛を飼う球団」(小学館)出版。産経新聞社退社後の2017年8月からフリーのスポーツライターとして野球取材をメーンに活動中。