米国のStewart氏らによる興味深い報告を紹介します。10~42.2kmのマラソンを走った24人のランナーの試合後の便を調べたところ、なんと、便1g中に最大で3.96mgものヘモグロビンが含まれていたのです。1回の便の排泄量は、約150~200g程度なので、1レースで最大0.8gものヘモグロビンが失われてしまうことになります。体重60kgの男性の場合、体内に存在するヘモグロビンは650~800g、体重40kgの女性の場合、350~460g程度です。マラソンや長距離選手が貧血に容易になるもの、納得できますよね。
これらの原因に加えて、ポーランドのDeLoughery医師は、五つ目の原因として、トレーニングや激しい運動が、体内の鉄輸送や吸収を抑制させるヘプシジンというホルモンを増加させてしまい、貧血を引き起こすことを指摘しています。これは、鉄をいくら補充しても、鉄の吸収ができないことを意味します。
このように、アスリートはもちろん、日常的に運動を行っている人は、貧血に陥りやすい条件が揃っているのです。女性はさらに深刻です。月経による血液の喪失のために、一般的に女性は男性よりも貧血になりやすいのですが、それにスポーツが加われば、必要とする鉄の量は増え、貧血に陥りやすくなるのです。部活動を行う成長期の子どもたちも、同じです。成長に伴う筋肉量の増加や骨格を形成する上で鉄が必要になるため、スポーツが加われば、貧血になりやすくなってしまうのです。
スポーツ貧血対策は、鉄を日頃から意識して多く摂取することです。運動をしている人がプロテインを摂取している光景はよく見かけますが、鉄の摂取はあまり見かけません。赤身の肉や魚、緑黄色野菜や海苔・ひじきなどを日々意識して取ることが、貧血予防に繋がります。
来年には、ラグビーワールドカップ2019やFIBAバスケットボールワールドカップなどが開催されます。また、2020年には東京オリンピック・パラリンピックも控えています。健康に対する意識に高まりとともに、スポーツに触れる機会が多くなるであろう今こそ、スポーツ貧血を身近な問題の一つであることを認識し、日常生活を送る中で対策してみてはいかがでしょうか。
◯山本佳奈(やまもと・かな)
1989年生まれ。滋賀県出身。医師。2015年滋賀医科大学医学部医学科卒業。ときわ会常磐病院(福島県いわき市)・ナビタスクリニック(立川・新宿)内科医、特定非営利活動法人医療ガバナンス研究所研究員、東京大学大学院医学系研究科博士課程在学中、ロート製薬健康推進アドバイザー、CLIMアドバイザー。著書に『貧血大国・日本』(光文社新書)