

思いも寄らぬ“悲報”が告げられたのは、試合開始7分前のことだった。
「先発ピッチャーの変更をお知らせします。松坂に代わりまして、藤嶋」ーー。
その場内アナウンスに、埼玉県所沢市のメットライフドームが一瞬静まりかえった。「えっ?」、「まじかー」。どよめきが次第に大きくなっていく。ふと一塁側ブルペンに視線を移すと、つい先ほどまで投げていたはずの背番号「99」の姿はすでになく、朝倉健太投手コーチが心配そうに見つめる横で、背番号「54」が、全力で投げ込んでいた。
松坂大輔の登板回避。それはまさしく、寝耳に水の大ハプニングだった。
試合開始予定45分前の午後0時15分頃、松坂はメットライフドームのグラウンドに足を踏み入れた。登板前のルーティン。まずは遠投。徐々に距離を広げて70、80メートルまでいくと、今度は距離を詰めていく。そうやって肩周りの筋肉をほぐし、続いてブルペンに入る。
メットライフドームの記者席はバックネット後方にあり、一塁側ブルペンの様子をはっきりと見て取ることができる。
しかし、松坂の動きがおかしかった。投げた。すると、なぜか不快そうに松坂が体をよじった。首を捻る。また投げる。どうも、しっくりこないのだろう。体を小刻みに動かしている。そこから、ブルペンが慌ただしくなった。朝倉コーチがブルペンとベンチをつなぐ内線電話で何かを伝えると、松坂を伴ってブルペンを出た。
準備完了? いや、それにしては、球数が少なすぎはしないか? すでに両軍のスタメンが場内にも発表されていた。記者や放送関係者に配られるスタメン表にも中日の投手の欄に「松坂」とはっきり記されてある。それなのに、中継ぎ役の藤嶋が試合前からブルペンで捕手を座らせて投げるのも、どうもおかしい。
先発投手変更のアナウンスが流れたのは、プレスルームの報道陣からもいぶかしむ声が上がり始めた頃だった。
センターのオーロラビジョンに中日のマスコットキャラクター・ドアラが大映しになると、ドアラが深々と頭を下げた。そのコミカルながらもファンへの謝罪ともいえる姿に、笑いと拍手が沸いた。重苦しい空気がちょっとでも和らいだのが、せめてもの救いだった。