サンデーサイレンスはケンタッキーダービーを勝つなど、競走成績は超一流の一方で血統的な評価が低い馬だった。そのために種牡馬としての期待が高まらず、競馬後進国の日本へやってくることになったのだが、いざ第二のキャリアをスタートさせると、1年目の産駒から日本ダービー馬を輩出するなど活躍馬が続出。猫も杓子もサンデーサイレンスとも言うべき旋風を巻き起こし、日本におけるあらゆる種牡馬記録を塗り替えて空前絶後の成功を収めることになる。
サンデーサイレンス産駒は国内にとどまらず、ディープインパクトや、そのライバルだったハーツクライらが海外で活躍し、日本産馬の国際的評価を高めることに貢献。孫の代もデルタブルース(メルボルンカップ優勝)、ヴィクトワールピサ(ドバイワールドカップ優勝)、ジャスタウェイ(2014年の世界ランキング1位)、オルフェーヴル(凱旋門賞2年連続2着)など相次いで成果を挙げた。サンデーサイレンスの子孫たちが世界に日本馬強しを印象づける一翼を担い、日本は今や競走馬の質で先進国と肩を並べる所まで来られた。
そうして段階を踏んできた最後に「種牡馬の墓場」というレッテル返上の課題が残されていた。世界に追いつき追い越せで血統馬を輸入し続けてきたものの、日本から世界へ輸出される競走馬は存在せず、競馬界の財産ともいうべき血統を消費し続けるばかりだった日本から、ついに優秀な血脈を世界に還流させる時代を迎えたのだ。
欧州のサクソンウォリアーにとどまらず、ここ数年は日本の現役競走馬を買い上げるオーストラリア競馬界の動きも活発化している。すでにトーセンスターダムが現地でG1を2勝して種牡馬入りし、さらにアンビシャスやブレイブスマッシュらが種牡馬としての将来を期待されて移籍し、現地で着々と競走実績を積み上げている最中だ。
これらの馬は日本でG1を勝ったことがなく、いずれも競走成績は超一流の域にはなかった。また、オーストラリアへ移籍した馬は他にもおり、それらの中にはレースの賞金だけで元を取れないほどの高額で取り引きされた馬もいたという。種牡馬として評価を得ることができれば買値の何倍ものリターンを得られる計算があるからで、今や日本産馬は投資対象としてそれだけの魅力があることを意味している。
こうした流れがさらに世界へと広がり、定着していけば、日本に貼られたレッテルもいずれ過去の物となるだろう。そして海外から高額な馬を買い集め、投資するばかりだった日本が反対に投資の対象となることは、北海道を中心とする馬産地のビジネスチャンスに直結する。日本のセリで落札されてアメリカへ渡ったハーツクライ産駒が、つい先日、現地でG1を勝つなど成果も出はじめている。
欧米の伝統国がそうであったように、経済的に世界と対等に渡り合う一方で、優秀な血統を還流して馬産文化の発展に貢献してこその競馬先進国──。日本の競馬界は、ようやくスタートラインに立ったところだ。(文・渡部浩明)