マタハラは看護師の職場でも深刻な問題になっている(写真はイメージ)
マタハラは看護師の職場でも深刻な問題になっている(写真はイメージ)

「妊娠の順番制は看護師も同じ。妊娠中でも夜勤から逃げられない分、もっと過酷かもしれない」

 東海地方の病院で働く芦屋恭子さん(仮名、36歳)はため息をつく。人手不足のなかで夜勤をこなし、切迫流産(流産しかかる状態)になりながらも「なんとかここまできた」と、産前休業に入って安堵(あんど)している。

 結婚してから10年。恭子さんにとって待望の妊娠だった。夫も看護師で病院勤務のため、夫婦そろって夜勤のない日は少ない。早く子どもが欲しかったが、不規則な生活の連日で、タイミングが合わない。30歳を過ぎてから不妊治療を行った。周囲では“妊活”のために辞める看護師が後を絶たなかった。

 それでも恭子さんは「仕事も子どもも諦めたくなかった」。後輩が次々と出産していくなかで、人手不足に拍車がかかり、「次は誰か」と、皆がささやいている。一度に3人の看護師が妊娠した時、師長(看護職場の上司のこと)は既婚者の看護師に「困った、困った」と言っては、暗に「今は妊娠しないで」といわんばかり。そうした雰囲気のなかで恭子さんは妊娠が分かってから、なかなか言い出せずにいた。悪阻(つわり)がひどくなり、師長に報告すると、開口一番「また“妊娠者”が出たかぁ」と、困った表情をみせ、「夜勤、大丈夫よね」と念を押した。

 それというのも、恭子さんの働く病棟は外科の患者が多く激務のため、いくら人手があっても足りない。一人でも抜けると夜勤が回らなくなってしまうからだ。手術を終えたばかりの患者は、急変しないか要注意。術後の状態の観察や管理で気を抜けない。意識障害が起こって「せん妄」も起こしやすく、無意識のうちに暴れることもしばしば。手術直後は点滴などの管につながれている状態のなかでせん妄が起こると危険なため、神経をすり減らす。一人で起き上がることもできない患者が多いため、看護師の負担は重い。

 恭子さんの病棟では3交代制で2人の看護師と看護補助者1人が夜勤人員として配置されているが、看護補助者は資格があってもヘルパーのため医療行為ができない。オムツ交換を任せようにも、重症な患者が多くて任せられない。股の辺りに管が入っていればオムツ交換で針が抜けたりする可能性がある。オムツ交換も看護師の役割となり、実質、2人夜勤状態で40人以上の患者をみることになる。けがをしている患者は動けないため、まめに体位を変換する。手術前後の不安によるナースコールもあれば、飲み物ひとつ自分で飲むことができない患者からのナースコールもあり、夜勤の間中、ひっきりなしにナースコールを受けては病棟を走り回る。

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小林美希

小林美希

小林美希(こばやし・みき)/1975年茨城県生まれ。神戸大法学部卒業後、株式新聞社、毎日新聞社『エコノミスト』編集部記者を経て、2007年からフリーのジャーナリスト。13年、「『子供を産ませない社会』の構造とマタニティハラスメントに関する一連の報道」で貧困ジャーナリズム賞受賞。近著に『ルポ 中年フリーター 「働けない働き盛り」の貧困』(NHK出版新書)、『ルポ 保育格差』(岩波新書)

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