これまでペタジーニを13打席無安打、この日も1、2打席とも凡打に打ち取っていた上原は、正々堂々と勝負したかったが、ベンチの指示を拒否するわけにはいかない。
外角に4球外してペタジーニを歩かせた直後、上原はマウンドの土を蹴り上げ、悔しさをあらわにすると、涙を拭った。そして、この回を無失点に抑えてベンチに戻ってくると、人目もはばからずボロボロと涙を流した。
「大学のときも敬遠はありました。ただ、やっていい敬遠と……」。その後の「やってはいけない敬遠がある」の言葉をかろうじてのみ込んだのは、そこまで口に出したら、首脳陣批判と受け止められる恐れがあるからだ。
敬遠を指示した長嶋茂雄監督も「悔しそうだった?そりゃそうでしょう」と上原の胸中を察していた。
完封寸前の9回1死一、二塁、「今度は逃げたくない」と上原はペタジーニに真っ向勝負を挑む。結果は中前タイムリーで完封勝利が消えてしまったが、力と力の勝負ができたうれしさに、マウンドで思わず笑みをもらした。
その後メジャー移籍し、レッドソックス時代にワールドシリーズ胴上げ投手にもなった上原は、今季10年ぶりに巨人でプレーすることになった。
●プロフィール
久保田龍雄
1960年生まれ。東京都出身。中央大学文学部卒業後、地方紙の記者を経て独立。プロアマ問わず野球を中心に執筆活動を展開している。きめの細かいデータと史実に基づいた考察には定評がある。