ポステコグルー監督のサッカーでも重要な役目を担う天野純(写真・Getty Images)
ポステコグルー監督のサッカーでも重要な役目を担う天野純(写真・Getty Images)
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 3年間でシティー・フットボール・グループ(CFG)の基本コンセプトをチームに植え付けたエリク・モンバエルツ前監督から、横浜F・マリノスの指導を引き継いだのはアンジェ・ポステコグルー。母国オーストラリア代表監督としてブラジルワールドカップ(W杯)を経験し、15年のアジア・カップ(杯)に優勝。ロシアW杯のアジア最終予選ではヴァイッド・ハリルホジッチ監督が率いる日本代表のライバルとして本大会出場を争ったことも記憶に新しい。

 選手としてのキャリアの大半を過ごしたサウス・メルボルンで指導者としてのスタートを切ったポステコグルーは2000年から7年間に渡りU-20オーストラリア代表の監督を務め、オーストラリアAリーグのブリスベン・ロアー、メルボルン・ビクトリーなどで実績を積むと、2013年からオーストラリア代表を率いた。ロングボールやリアクションに頼ったオージーの伝統スタイルからグラウンダーのパスを主体として自分たちからアクションを起こしていく“アタッキングフットボール”を導入した。

 14年W杯はオランダ、スペイン、チリと同居する組で、健闘及ばず3戦全敗で大会を終えたものの、信念を曲げることなく改革を進め、15年アジア杯での優勝に導くと、17年のコンフェデレーションズカップで若手主体のドイツと接戦を演じ、カメルーン、チリと引き分け、確かなインパクトを残した。しかし、その後のアジア最終予選で苦しみ、日本、サウジアラビアの後塵を拝す形で大陸間プレーオフを戦い、ホンジュラスに勝利して本大会の出場権を勝ち取ったものの、11月に辞任。横浜FMの監督就任が発表されたのは12月19日だった。

 当時はモンバエルツ前監督が率いる横浜FMが天皇杯の準決勝と決勝を残していたため、クラブとは基本的に距離を取っていたポステコグルー監督だが、オーストラリア代表DFのミロシュ・デゲネクを観るために横浜FMの試合チェックを継続的に行っていたという。それはCFGのコンセプトをベースに、モンバエルツが築いてきたチームのベースをどう生かし、どういう変化を加えるかを考える上で大きなアドバンテージになったと考えられる。

 ポステコグルー監督がオーストラリア代表に植え付けたモダンなアタッキングフットボールは横浜FMで披露しているサッカーに通じる部分はあるものの、そのまま当てはまるわけではない。横浜FMでは、プレミアリーグでマンチェスター・シティーが披露している戦術ビジョンを共有し、自分たちから攻撃のアクションを起こして得点を目指すスタイルへの進化を図る姿勢が見られる。

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ポステコグルー監督が取り込んでいるのは…