これが医療ならば、有権者は医師から正確な情報を伝えられないまま、治療法や主治医を続けるか、変えるかを決めたようなものだ。

 憲法を英訳した「constitution」には「体質」という意味もある。体調を示す情報に人一倍気をつけてきた安倍さんが、不正確な情報に基づいた力で国の「体質」を変えようとしている。ブラックジョークとしか思えない。

 私のコラムには「記事の捏造によるストレスががんの原因だ」といった趣旨の感想が寄せられることがある。前半部分は、安倍さんが繰り返してきた朝日新聞批判の影響もあるのかもしれない。だが、安倍さんはこの感想を寄せた人のように、報道批判を病気に結びつけることはないだろう。いわゆる「弱者」へのまなざしをめぐり、忘れられない思い出がある。

 日朝平壌宣言から10年となる2012年9月。首相に復帰する3カ月前、日本人拉致問題に長年取り組んできた安倍さんにインタビューをした。議員会館の部屋を出ると、若い女性のカメラマンが「安倍さんって、いい人ですね」と言った。機材の準備から撮影と忙しく立ち回る彼女がやりやすいよう、声をかけてくれたのだという。

「ほかの人はそうじゃないんですか?」と尋ねた。違います、と彼女は言った。

 強引な政権運営や政策の一つ一つを見れば単純に「いい人」には思えない。政治家なんて誰にでも愛想よくするものだ。そう感じる人は多いだろう。

 だが、目の前の記者に笑顔を振りまきながら、肉体労働のカメラマンをぞんざいに扱ったり、目に入らないかのように振る舞ったりする人は確かにいる。ベテランの男性カメラマンでない彼女ならば、なおさらだろう。その「違います」には、多くの被写体に接してきた彼女なりの確信が感じ取れた。

 それから6年。病気のつらさを知り、ようやく安倍さんに追いついた。森友問題の渦中にある相手に、今ならばなんと声をかけるだろう。

「昭恵夫人の国会招致に応じ、真相を明らかにすべきだ」か。そんなことは当たり前だ。自分が付け加えるまでもない。

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