脚本家・倉本聰(82)がシルバー世代に向けて手がけた昼ドラ「やすらぎの郷」(テレビ朝日系)が9月29日昼、ついに最終回を迎える。恋あり、怨恨あり、死別ありの波乱の展開が放送開始当初から話題を呼び、実際にホームに入っているシニアたちも楽しく見ていたとか。最終回と同日発売の週刊朝日ムック「高齢者ホーム2018」では、倉本聰にとっての理想のホームや、死生観などを尋ねている。
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――誰もが願う「いい死に方」。倉本は結局のところ、本人が死を納得しているかどうかだと言う。
ドラマで九条摂子(八千草薫)が死ぬ時は、台本を読んだみんなが「え? 死ぬの?」と(笑)。でも、人はどこかで死ぬんだから仕方がない。死ぬことに悲しみがないと言ったら嘘になるし、もう会えないことの寂しさはあるけれど、世間やマスコミが騒ぐような悲しみはないですね。自然として受け止めてますから。野際陽子さんの時もそうでした。
「風のガーデン」では終末医療について書きましたが、終末医療関係の医者と話していると、結局、いい死に方というのかな、それは本人が納得して死ぬか否かではないかという結論に達しました。僕は死ぬことに納得しています。死んだ後に天国へ行くとか地獄へ行くとかもない。全部無です。森の中で死んで遺体を動物が食って、骨を虫が食って微生物が喰いつくして全部が土にかえった時が死だと思っています。ただ、死ぬ時の痛みや苦しみは嫌だから麻酔科医ににじり寄って親しくしてもらっているんですが(笑)
――そんな倉本にとって理想の終(つい)のすみかが富良野だ。
もともと在宅で死にたいという願望が強かったので、「ここで死ぬ」という家を自分で設計しました。家は何回も建て直しているんですよ。7回かな。でも、思想はずっと変わっていません。森をできるだけいっぱい見渡せて、夜は星空が見える。そんな空間が欲しかった。最期はそこに頭の持ち上がるソファを置いて森を見ながら死にたい。酸素ボンベを吸って意識がなくなったらすぐに取ってもらって。人工呼吸器とか胃ろうとかは一切つけず、無理のない死に方をしたいですね。
最後に家を建て直したのは、寝室を改造した時。ベッドルームの脇に絵を描ける部屋をつくったんですね。天然光が入って、カーテンとこういうガラス扉で仕切られている。ベッドから起き上がるとすぐにそっちへ行って、パンツ一丁で朝、絵を描いてますよ。うちはだれにも見られないから(笑)
(文/坂口さゆり)