「好子が80年にドラマ『虹子の冒険』で女優として再デビューするとき、不安を感じていたそうです。その時にアドバイスをしてくれたのが、ダブル主演で共演した雅子でした。キャンディーズでは周囲がお膳立てをしてくれて仕事をしていたのが、女優はすべて自分でやらないといけない。その時に、雅子が一通の手紙を送って『何を悩んでいるの。スーちゃんは一番なんだから頑張れ』と励ましたそうです。年齢も芸歴も好子の方が上なのに、雅子のことをとても慕っていました」
励ましだけではなく、雅子さんは女優としての振る舞いのアドバイスもしていた。監督やプロデューサーの名前だけではなく、大道具、小道具、カメラマンなどのスタッフの名前も全員覚えて、みんなに優しく接すること。2011年に好子さんが亡くなった時には、一雄さんのもとに「好子さんは誰にでも気配りができる人でした」という声が届いたという。
好子さんにも影響を与えた雅子さんには、優しさだけではなく、女優としての芯の強さもあった。
「雅子はお酒が好きで、あるバーで津川雅彦さんと演技論で議論になったそうです。津川さんが『お前に道ばたの路上のゴミ箱を漁ってメシを食べている人間の気持ちなんてわからない』と雅子に言ったら、雅子は突然、店からいなくなった。10分ほどしてから帰ってきたら『津川さんの言うとおり。ゴミ箱のご飯は新鮮なものを選べば何とか食べられたけど、人の目がつらかったわ』と言ったそうです。店の外でゴミ箱の食べ物を食べてきたんですね。津川さんも『とんでもない女だったよ』と話していました」
基金の活動が広く知られるようになったころ、公共広告機構(現・ACジャパン)が制作した骨髄バンクへのドナー登録を呼びかけるCMに、雅子さんが採用された。往年の雅子さんの美しい映像とともに、「あなたのドナー登録があったなら、きっと僕らは、46歳の夏目雅子さんに会えたに違いない」というナレーションが感動を呼び、03年度の広告電通賞で最優秀賞を受賞した。一雄さんは言う。