ほどなくその馬鹿曲踏切に到着した。霧の立ちこめる山中の静かな場所ではあるが、雨に濡れつつ踏切の写真を撮っているのは何やら馬鹿らしくて、この場所には相応しいかもしれない。この行為は特に「度はずれている」わけでもないから、『岩波国語辞典』的に言えば(2)「まじめに取り扱うねうちのない、つまらないこと」(3)「役立たないこと」あたりだろうか。

 欲を言えば列車が通るところを撮影するのが最良なのであろうが、撮影してしまっては「合目的」的で馬鹿に徹することができないので、そそくさと立ち去った。と言いながら本当は前述の通り先を急いでいたからなのだが……。

 途中で合流した現国道は交通量が多く、自動車の水しぶきを浴びそうな道端の歩道をひたすら西ヘ向かったが、雨脚はさらに増して土砂降りに近くなった。それでも旧街道にはかつての旅館の建物や、郵便局と思われるおそらく戦前の建物の並ぶ集落を歩けたのは収穫であった。また機会があれば晴れた日にのんびり歩いてみたい道である。

 急いだ甲斐あって上りの多気(たき)行き普通列車が来る2分前になんとか川添駅にたどり着くことができた。強い降りだったので傘はあまり役に立たず、膝から下と靴の中は完全浸水であったが、思えば鉄道も自動車もない時代には、そんな雨の日も旅人はひたすら1歩ずつ黙々と進んで行ったはずだ。これまで歩いた1駅間をわずか6分で走破してしまう普通列車に乗りながらそんなことを思う。私のご先祖様がここを歩いたかどうかは知る由もないが、馬鹿曲の迂回路に恨み節を唱えつつも野詣でを遂げたありがたさは、現代人の思いも及ばぬものだったに違いない。

今尾恵介(いまお・けいすけ)
1959年神奈川県生まれ。地図研究家。明治大学文学部中退。中学生の頃から国土地理院発行の地形図や時刻表を眺めるのが趣味だった。音楽出版社勤務を経て、1991年にフリーランサーとして独立。音楽出版社勤務を経て、1991年より執筆業を開始。地図や地形図の著作を主に手がけるほか、地名や鉄道にも造詣が深い。主な著書に、『地図で読む戦争の時代』『地図と鉄道省文書で読む私鉄の歩み』(白水社)、『鉄道でゆく凸凹地形の旅』(朝日新書)など多数。現在(一財)日本地図センター客員研究員、(一財)地図情報センター評議員、日本地図学会「地図と地名」専門部会主査

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