2016年11月に豊洲への移転を控える築地市場。約80年に及ぶ築地市場の歴史を支えてきた、さまざまな“目利き”たちに話を聞くシリーズ「築地市場の目利きたち」。フリージャーナリストの岩崎有一が、私たちの知らない築地市場の姿を取材する。
築地市場内で働く目利きたちにとって、売店は必要不可欠な存在だ。飲み物やパン、カップ麺などを買うだけでなく、たばこを吸ったり、世間話をしたりと、ちょっとした憩いの場として機能している。しかし、場内に点在する売店には「屋号」がない。その背景にある歴史と、そこで働く女性たちの姿を、岩崎が追った。
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築地市場内には、9つほどの売店がある。そのほとんどが、1坪ほどのスペースで営業を営んでおり、遠目に見れば、駅のキヨスクのようなたたずまいだ。一見するとどこにでもありそうな売店だが、ここは築地。売店も独特の雰囲気をただよわせている。
売店のある場所は、建物の階段下が多い。店舗そのものの面積はたった1坪程度だが、周りに色とりどりの商品が並ぶ様子は、なかなかににぎにぎしい。
ペットボトルや缶飲料は、すべて発泡スチロールの箱(以下、発泡)に入っている。暖かい缶飲料は、「ホット」「温」などと書かれたふたで閉められた発泡。冷たい飲料は、ふたのない発泡に氷水とともに入れられている。店頭に4つも5つも並ぶこれら発泡から、客は希望の飲み物を手に取り、20センチ四方程度の、たたんだタオルが敷かれた小さなカウンターにのせ、会計を済ます。飲み物の保管・販売に、電気の冷蔵・保温庫ではなく発泡を使うところが、いかにも築地らしい。
独特なのは店構えだけではない。缶コーヒーを買えば、「はい、『朝専用』ね」とコマーシャルのキャッチフレーズとともにお釣りを手渡され、たばこを買えば、「これないと、やってらんねえよな」と言いながら、棚からたばこを取り出してくれる。売店で買い物をするたび、今日はどんな声をかけてくれるのか、楽しみになってくる。