冬場に缶飲料が売れるのは、飲むことだけが目的ではないという。
「寒くなっても冷たい水を触らないといけないでしょ。だから、ギンギンにあっためた缶コーヒーをポケットに入れて、手をあっためる人が多いんです。マグロのセリをする人たちはマグロの身を触って魚の状態を見極める際に、手が冷え切っていると、脂が溶けないから見極めにくいという話も聞いたことがあります。買った後で冷えた缶コーヒーを、もう一度温めなおしてほしいなんて言って持ってくるお客さんもいるんですよ」
店のわきに、「ちり紙、祝儀袋、ボールペン、あります」と書かれた張り紙がある。なぜちり紙があえて推されているのだろうか。
「持って行ってしまう人がいるからなのか、場内のトイレは紙がないんですよ。だから、築地のトイレには、ちり紙の自動販売機があるんです。自動販売機のは100円。売店で売っているのは60円。売店でちり紙を買う人、たくさんいます」
みせてくれたちり紙は、「高級京花紙 チャーリー」の文字とともに、花と猫が描かれた、極めてレトロなデザインのものだ。売店を訪ね「チャーリー」と言えば、この紙が手渡される。また、ちり紙とはいえ、用途はほぼトイレ一択。客の中には、「便所紙」や「ウンチングペーパー」と呼ぶ人もいるとのことだ。
築地がなくなることについて話を聞くと、「稼ぐことしか考えていませんよ。寂しいとか、そういう感傷はないです」と、また、さらり。しかし、山崎さんの思いは、それだけではない。
「なんで築地をなくさなければならないのかって、私だって思いますよ。ただね、築地をなくしたくないのだったら、反対って言ってるだけじゃダメなんです」
どういう意味なのか。
「反対するだけじゃなくて、じゃあ、われわれはこういう築地にしたいんだっていう形を、新しい姿を描いて提案するということをしなければいけないと思います。築地の中には、いろんな才能をもった人がいるんですから。もと設計事務所のひとや、デザインできる人間だって、築地にはいるんですから。われわれが考える築地はこうなんだって、示さないと」