やまふでもやはり、朝は早い。朝の1時に会社の車が社員の家々を巡り、2時には店づくりが始まっていた。ブリやカツオを3枚におろし続ける、活鯛の重さをひとつひとつ計り分ける、魚の頭を割って血抜きをする、平貝の殻を片側だけ取り除いて並べていくなど、それぞれの持ち場の仕事を淡々と進めていく。まだ、空は暗い。
この時間に買い付けに来る客はまだいないが、事前に注文を入れた客ごとの仕分けも、静かに進められていた。注文内容が書かれたメモを見ながら、発泡スチロール容器(以下、発泡)に魚を入れ、氷販で買ってきた氷を小袋に入れて詰める。生きた魚は厚手のビニール袋に水とともに入れ、大型ボンベから酸素を注入。赤字で客先名の書かれた発泡と、酸素でパンパンになった袋が、店の周囲にどんどんと積み上がっていった。
「今ね、香港の出荷準備をしているところ」
やまふで働き始めて28年になる橘さんが、そう話してくれた。海外への出荷も少なくないらしい。「築地」ブランドは、国境を超えた先にも知れ渡っている。
4時を過ぎた頃には、店の姿が整ってきた。氷販で買ってきた氷を店の棚に敷き、そこに魚を丁寧に並べ、発泡スチロール容器のふたを切った値札に、油性ペンで魚の名称と1キログラムあたりの値段を書き込む。なぐり書くことはなく、ぐっと何かを込めるように書く姿が印象に残った。1本の魚でも、半身にさばいたものでも、小さな青物でも貝類でも、商品をじっと睨みながら、魂を込めるように並べていく。ほんの少し角度を変えたり、乱れたラインを整えたりと、細やかな店づくりが、客入りが始まるぎりぎりの時間まで続けられていた。
「写真を撮るなら、今のうちですよ。これからは、それどころじゃなくなってくるから」若手のゆうたろうさんが、忙しそうに手を動かしながら、そう声をかけてくれた。