だが、錦織もこの数年はトップ10に定着し、出場する大会ではほぼ毎回上位に進出しては、彼らの一角と常に戦い続けてきた。錦織とジョコビッチの対戦成績は錦織から2勝8敗。今季だけで全豪オープン、マイアミ、マドリッドとすでに3度ジョコビッチと対戦してきた。このローマで4度目だ。蓄積された経験の差は簡単には覆らないが、錦織も急速に彼らの背中を捕らえ始めているのは確かで、この一戦も全仏オープンはもちろん、今季のこの先に向けて大きなステップになるはずだ。
ジョコビッチにとって生涯グランドスラム達成がかかる全仏オープンは、どうしても勝ちたいタイトルに違いない。彼にとってピークを合わせるのは開幕まであと9日となった全仏オープンの、それも2週目になっているはずで、このローマではその底力だけで勝って来ている状態と見ていい。
準々決勝のナダル戦では、お互いに死力を尽くした激しい打ち合いをジョコビッチが制して勝ち上がったが、これもまた、全仏オープンで最大のライバルになる相手にどうしても勝っておきたいという気持ちの強さゆえのことで、コンディション面からだけ見れば、今が最高の状態というわけではないはずだ。
実際、今大会では苦戦続きでの勝ち上がりとなっているが、これも一発の威力ではなく、総合力勝負のジョコビッチならではのことで、むしろ、あくまでも調整段階のコンディションでさえ、試合には勝ってしまうというのが彼の強さを表していると言ってもいい。
錦織に付け入る隙があるとすればここだ。
ジョコビッチの強さは鉄壁のディフェンスで、相手にリスクの高いプレーを押しつけること。相手が攻めに転じた瞬間にできる隙を正確無比のカウンターで突き、一瞬で形勢を逆転してしまうのがジョコビッチだ。それも、勝負所の大事なポイントではそのレベルが一段上がる。対戦相手からすれば、決めたと思ったショットを拾われ、返されているうちに、より厳しいところを狙わなければポイントできないという圧迫を受け、ジョコビッチの仕掛けた罠にはまっていく形になる。高い集中力での試合を余儀なくされるためメンタルが削られるが、少しでも気を抜けば、精度の高いショットで逆襲されてしまう。
だが、一方でジョコビッチにはナダルやフェデラーのフォアのような「十分な状態でこれを打たせること自体がミス」というショットはない。強引に状況を打開できるような突破力のあるショットがないためか、イーブンの展開でもつれこんだロングラリーでのポイント率はさほど高くはない(もちろん、弱点と言えるようなものではないが、際立って高いわけでもない。ナダルとの準々決勝ではロングラリーでナダルを上回れたのが勝因だった)。今年の全豪の4回戦でのジル・シモンは、これを生かしてセンターに深く返し続けることに徹し、ジョコビッチにあえて打たせるように仕向けて100本以上のアンフォーストエラーを誘い、ジョコビッチをギリギリのところまで追い詰めた。