一口に“愛情”といっても様々です。自分が気に入った相手をゲットしようとするときは、男性ホルモンが活躍します(女性にも男性ホルモンはあって、その量が多い女性が、肉食系になるという説も)。

 続いて、お気に入りの相手を是が非でも自分のものにしようとするときには、ドーパミンとよばれるホルモン(の仲間)が力を発揮します。ドーパミンは、ノルアドレナリンも作りだし、血圧を上げ、脈も速め、眠気を失くし、食欲を落とすことで、文字通り「不眠不休」、食べ物ものども通らないほど相手のことを恋い焦がれる状態にさせます。これが、いわゆる“恋(ラブ)”です。しかしこのような状態を続けていると、誰でも疲れてきます。そして、自然に飽きてきます。つまり恋は、必然的に行き詰まるものだといえるのです。

 このマンネリを解消してくれる救世主が、オキシトシンです。一言でいうとオキシトシンは、自分が好きな相手を、自分の分身として感じ取れるようにしてくれる物質です。パートナーを自分の分身のように感じることができれば、恋の行き詰まりは解消されることでしょう。パートナーが好き勝手していても、腹が立たなくなり、あの人が楽しいなら私も楽しいわ、という気持ちが湧いてくるはずです。

 オキシトシンの兄弟ホルモンに、バソプレッシンというのがあります。バソプレッシンは腎臓に働いて、脱水になったとき、水分が体から失われないように尿量を減らしてくれるホルモンです。

 動物は尿をかけることで自分の縄張りを明確にさせるといいます。尿に関係するバソプレッシンもオキシトシン同様に脳に働きかけて、男女関係における縄張り意識を高めるといわれています。男性ではその作用が明らかで、“俺の女に手を出すな”という意識を持たせ、男性なりの愛情表現を起こさせるのです。

 2015年2月に、東京大学大学院理学研究科が面白い研究結果を発表しました。男女の三角関係において“勝利”のホルモンがあるというのです。魚やカエル、そして鳥には、オキシトシンとバソプレッシンの構造を半分ずつ持った“合いの子”ホルモンがあります。名前も二つのホルモンから半分ずつ取った「バソトシン」といいます。

 2匹のオスのメダカと1匹のメスのメダカを同じ水槽に入れておくと、オスはなんとかメスに近づいて交尾しようとします。お互いのオスは、相手のオスがメスに近づくと、その間に割り込もうとします。このメスの争奪戦を起こすホルモンがバソトシンだったのです。遺伝子操作で、バソトシンがなくなったオスは、全く求愛行動を起こさず、恋の三角関係に完敗してしまいました。オスの独占欲あるいは嫉妬心も、ホルモンでコントロールされている可能性があるのです。

 自分と同じぐらい大切だと思える(オキシトシン作用)パートナーに手を出すな、と闘争心を奮い立たせる(バソプレッシン作用)、素晴らしい作用がバソトシンにはあるようです。結婚10年以上で、お互い見向きもしなくなった仮面夫婦の行き詰まりには、バソトシンの点鼻がいいかもしれません。

 花粉症は、ただただ点鼻や飲み薬に頼るのではなく、体質改善のための地道な鍛錬が望ましいといわれます。オキシトシンは、他の人に触れる、抱き合う、キスすることでその分泌が増えるといわれていますから、恋や対人関係の行き詰まりも、パートナーに向き合うことを手抜きせず、体も心も触れ合うようにすることがやはり大切なのではないでしょうか。

伊藤裕(いとう・ひろし)
1957年、京都市生まれ。慶應義塾大学医学部内科学教授。京都大学医学部卒業、同大学大学院医学研究科博士課程修了。ハーバード大学医学部、スタンフォード大学医学部にて博士研究員、京都大学大学院医学研究科助教授を経て現職。専門は内分泌学、高血圧、糖尿病、抗加齢医学。高峰譲吉賞など受賞多数。著作に『臓器は若返る』『腸! いい話』(ともに朝日新書)など

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