大学時代のアルバイト先でもそうでした。専門出版社で問題集の校正をしていたんですが、そこでも “たったひとつの正解”があるのが良問とされていたんです。答えが複数存在してしまうのは“不良品”で、修正するか問題集から削除するかをしていました。数学や科学ではなく、国語や英語の問題です。

 でも、考えてもみてください。一度社会に出たら、答えがたったひとつしかない問題なんか滅多にないですよね。正解・不正解の二択ではなく、その間に無数の答えがあり、正しさが受け手や場所、時代などによって変わる。それが社会。そんな社会を生き抜くためには、正解を当てられるか否かよりも正解に至る過程のほうが重視されます。むしろ、過程がまずかったらたどり着いた答えの価値がなくなることもしょっちゅうです。

 アメリカの教材で、ごく簡単な問題に答えが載っていない理由。一番に来るのは「大人ならこれくらいわかるだろう」なんでしょうが、根底に「正解を当てるって、そんな重要なことなの?」という価値観がある気がしてなりません。アメリカの教材には“たったひとつの正解”が定まっていない問題がよく出てきます。「Pから始まる単語を挙げましょう」とか、「赤色のフルーツにはどんなものがあるでしょう」とか。もちろんすべての問題がこうだとか、日本の教材にこういったフリー問題が皆無だとはいいませんが、傾向としてそうなのです。「正解かどうかはあなたが決めること。それより自分の頭で問題を考えることが重要なのだ」という制作者の声が聞こえてきそうです。

 ここで、冒頭のひらがなクイズに戻ります。

もんだい:〇と△に はいる ひらがなは なんでしょう。
りす → す〇△ → △もめ

 幼児向け教材としての模範解答は、〇が「い」、△は「か」でしょう。≪りす→すいか→かもめ≫のしりとりになります。でも、〇を「し」、△を「や」として≪りす→すしや→やもめ≫なんて回答もありえます。小生意気な幼児だったら、寿司屋と寡くらいのボキャブラリーはあるかもしれませんから。あるいは≪りす→すきま→まもめ≫として、「パパママ、『まもめ』って知らないの? まみむめも星から毎晩こっそりぼくに会いに来るんだよ!」な~んてストーリーを教えてくれる子もいるかもしれません。“たったひとつの正解”にこだわらないほうが社会を生き抜く考える力を養えるんじゃないかな、と元ひねくれ学生としては思うのです。

◯大井美紗子
おおい・みさこ/アメリカ在住ライター。1986年長野県生まれ。海外書き人クラブ会員。大阪大学文学部卒業後、出版社で育児書の編集者を務める。渡米を機に独立し、日経DUALやサライ.jp、ジュニアエラなどでアメリカの生活文化に関する記事を執筆している。2016年に第1子を日本で、19年に第2子をアメリカで出産。ツイッター:@misakohi

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