【パ・リーグ】
投手:米田哲也(阪急)
捕手:有田修三(近鉄)
一塁:小川亨(近鉄)
二塁:河埜敬幸(南海)
三塁:羽田耕一(近鉄)
遊撃:小坂誠(ロッテ)
外野:鈴木貴久(近鉄)
外野:池辺巌(ロッテ)
外野:サブロー(ロッテ)
DH:山本和範(ダイエー)

 セ・リーグの投手は勝利数歴代3位の小山を選んだが、パ・リーグはそれを上回る歴代2位、350勝投手の米田となった。ガソリンタンクと呼ばれた鉄腕で、通算626試合の先発登板はプロ野球最多記録。シーズン20勝以上も8回記録している。キャリアハイとなったのは1968年。自身最多となる29勝をマークしてチームの優勝に大きく貢献し、MVPにも輝いた。しかしこの年は米田を上回る31勝をあげた皆川睦雄(南海)にベストナインを譲っている。300勝投手二人が一度もベストナインを受賞していないというのは、投手のベストナイン獲得の難しさをよく物語っていると言えるだろう。

 有田は梨田昌孝とともに近鉄の捕手を支えた。1980年には規定打席には未到達ながら打率.309、16本塁打をマーク。1.003というOPS(出塁率+長打率)は捕手としては驚異的な数字である。梨田と同じ球団でプレーしていなければ、ベストナインを受賞していた可能性も高いだろう。

 内野手では一塁の小川と三塁の羽田も有田と同時期に近鉄でプレーした選手。小川は若い頃は外野手とファーストの兼任で起用され、入団一年目から7年連続で二桁盗塁もマークしている。通算打率.284も立派だが、それ以上に光るのが通算出塁率.369という数字。1975年には出塁率.394で最高出塁率のタイトルも獲得している。羽田は打率こそ低かったものの、小川を上回る通算225本塁打を放った強打者。1980年にはシーズン30本塁打もマークして、チームのリーグ連覇に大きく貢献した。同年の広島との日本シリーズでは『江夏の21球』の場面で先頭打者としてセンター前ヒットを放った打者としても知られる。

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パ・リーグは“渋め”の選手が多い?