この伝説から人間は、疫病や災害はスサノオが暴れることで起こるのだと考えたのだろう。病気や天変地異が起こるたびに、スサノオが治るようにとお堂を建て供物を捧げ祈ったのである。スサノオを祭る神社は日本全国にある。
また、スサノオもオオクニヌシ同様、多くの別名を持っている。八坂神社は明治元年に改名したが、それまでは祇園社と言った。これは牛頭天王(祇園精舎の守護神)を祭る社であったためで、御霊を鎮める神とされていたのである。つまり牛頭天王とスサノオは同一視されているということだ。
●多彩な顔を持つスサノオの姿
牛頭天王は仏教の神であるし、また別名をいくつも持つ。疫病よけの「茅の輪」の逸話は、武塔天神の“蘇民将来”話に由来することは以前この場で紹介したが、この民間信仰が牛頭天王ひいてはスサノオにつながっている。また、このような疫病退散のイメージからだろうか、スサノオは薬師如来の化身ともされている。
スサノオを祭る有名神社は全国各地に広がっていて、オオクニヌシに比べ、社名から主祭神がスサノオであることが分かりやすい。
素盞嗚神社といったそのものの名前を冠していることもあるし、「天王」あるいは「祇園」「八坂」と称していることも多い。関東で特有の「氷川神社」、または「八雲」「津島」「須賀」といった社名もある。いずれもスサノオの伝説から来ている名前で、荒ぶる神という割には日本人から愛されてきた証拠でもあるのだろう。
●神仏混交の時代に両者混じりあい
スサノオの本地仏である薬師如来は、仏教が日本へ伝わった初期から信仰されていたようだ。「薬師」とは医者を指す言葉で、薬師如来は手に薬瓶を持っている姿がほとんどである。このためか古くから残るお寺には薬師如来が多く祭られている。薬師寺をはじめ、為政者たちは病気治癒の祈願のため薬師如来を祭るお寺を建立している。極楽往生を願うために建立された大寺の多くにも薬師堂などが設けられ、病気治癒という現世利益を願う薬師如来が祭られてきたのである。
残念ながら、江戸時代以降に発展してきた東京近郊には歴史ある薬師如来を祭るお寺が見当たらないのだが、関西には延暦寺を代表とする密教寺院の本尊を薬師如来が務めている。
現在広まっているコロナ禍のせいで、多くの寺社のお社やお堂の扉が閉められてしまった。創建以来の閉堂となるところもあるくらいで、それほど人の集中を危惧しているということだろう。以前、あるお寺のお坊さまが「当寺に赴かなくともご自宅から祈ることでも願いは届きます」とおっしゃられていた。本当に祈願が目的であるならば、人禍で寺社を困らせることもないだろう。幸い祇園祭で中止されるのは山鉾巡行だけと聞く。なんとか人の集中が起こることなく、スサノオの神さまに鎮まってもらえる祈りをささげていただきたいものである。切にそう願っている。(文・写真:『東京のパワースポットを歩く』・鈴子)