指導した北島康介選手、萩野公介選手が、計五つの五輪金メダルを獲得している平井伯昌・競泳日本代表ヘッドコーチ。連載「金メダルへのコーチング」で選手を好成績へ導く、練習の裏側を明かす。第19回は「世界に通用する選手の育て方」について。
* * *
選手はだれでも長所と短所があります。いつも心掛けているのは「長所を伸ばす」ということです。
4月24日号に書いた「否定語は使わず、肯定語で指導する」心構えと通じる考え方です。コーチングでとっさに出てくる言葉は「ダメだ」「~するな」などと否定語が多い。長所を伸ばす指導は選手のいいところを見つけて、「具体的にどう言ったらわかりやすく伝わるか」と頭の中で考える作業が入ります。肯定的な言葉でほめたり評価したりするので、前向きでポジティブな関係が生まれます。
北島康介を教え始めたのはコーチになって10年が過ぎた1996年。私自身のコーチングの転換期で、指導方法を変えたいと思い、「長所を見る」「肯定語で教える」ということを自分に課していました。
それまでは選手をぐいぐい引っ張っていくのがリーダーシップだという思いがあって、強い言葉を投げかけることも多かった。指示通りにできないと、「何やってるんだ」などと大声で叱ることもありました。そしてコーチの言うことをよく聞いて、すぐにできる選手が才能があると思っていたところがありました。選手たちは記録が伸びて私も自信を持つことができましたが、大きく飛躍させて世界と戦えるまで導くことはできませんでした。
短所に目をつぶって、長所を伸ばす考え方は、そんな指導の反省から生まれました。幼いころから自主性とやる気があって、器用な選手に目が向きますが、才能のある選手の活躍の場はもっと後で、ジュニアのときに泳ぎが完成していなくても遅くはないのです。
中学2年のときから教え始めた北島は強く水をけるキックとスピードが魅力でしたが、体が硬い短所があるため強化指定選手に選ぶときにほかのコーチから反対されました。反対を押し切って指導を始めたことも、「絶対に世界に通用する選手に育てる」というモチベーションになりました。