illustration:小迎裕美子
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高台から見た北朝鮮・平壌の街並み。ドラマではセリがパスポートの写真を撮るために平壌を訪れるシーンが描かれた(写真:北原みのり)
高台から見た北朝鮮・平壌の街並み。ドラマではセリがパスポートの写真を撮るために平壌を訪れるシーンが描かれた(写真:北原みのり)

 韓国で大ヒットしたドラマ「愛の不時着」がコロナ禍で巣ごもり中の日本で女性たちの心を掴んでいる。現実ではあり得なさそうな設定なのに、なぜ夢中になるのか。作家の北原みのりさんが、AERA 2020年6月8日号掲載の記事でその魅力を読み解く。

【写真】ドラマに登場する北朝鮮・平壌の街並み

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 韓国ドラマ「愛の不時着」が、今、コロナ禍を生きる日本の女性たちを捉えて放さない。

 ソン・イェジン(38)演じる韓国の財閥出身女性セリがパラグライダーで竜巻に巻き込まれ、北朝鮮に不時着する。出会うのはヒョンビン(37)演じる政治エリート一族の御曹司リ・ジョンヒョク。出会うはずのない場で出会い、命をかけ守りあい、運命に導かれ、深い愛に触れる韓流ドラマの王道だが、今年2月にNetflixで配信されて以来、上位トップ10常連だ。

 とにかくジョンヒョクの全力の愛が、韓流レベルに慣れた者ですら不意を突かれるほど新鮮だ。朝、セリが目覚める時間にあわせコーヒーを豆から煎り、おなかが空けば麺を粉から練る。それも、「俺のうどんでお前を笑顔にしたい」とか日本の男が言いそうなことは一切なく、自ら幸せそうに豆を煎り、微笑みながら麺を打つ。日本文化で表現されることのない男の献身なのだ(言い切ります)。

 台所に立つばかりじゃない。愛する人の命を守るために大型バイクで駆けつければ、バイクが小さく見えるほどの美しい巨体で、命をかけてしなやかに闘う。過激な銃撃戦の場面なのにマッチョ感も俺様感も全くないのはどういうわけなのか。むしろジョンヒョクがセリに命をかけるほど、静謐(せいひつ)な優しさが全身から溢れ、その目が子鹿のようにキラキラと柔らかく濡れるのだ。本気で守るとは、俺様感のない必死なのだと、私は教わった。ああ私もこんな風に守られたい。

「守られたい」と思うのは初めての感覚だ。性差別社会に敏感なフェミニストとしては「守りたがる男」は鬱陶しいものだった。「守る」と「支配」は家父長社会でほぼ同義語なので。だけれど「愛の不時着」を知ってしまった今、これまでの日本の「守る」質とレベルが、これまでにない勢いで変わった。そもそも本来の「守る」の意味を、私たち日本の女は知らなかっただけかもしれない……。

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