いまや私たちは、政府が明かすPCR検査数の結果よりも、Netflixの視聴回数の方が正確である社会を生きているのだ。恐ろしい状況だと思う。

 そんな私たちに、ヒョンビンは不時着してくれたのだ。ジョンヒョクとセリの愛が降臨し、教えてくれたのだ。「本気で守る」とはどういうことなのか、と。悪政によって殺されないためには、真実を求める必死さと、強い信頼が必要なのだと。

 ドラマでは男が一方的に女を守るばかりじゃない。久しぶりに韓流にはまった友人は「韓流は美のレベルも含め全てが男女対等」と名言を放ったが、「愛の不時着」の肝は女性同士の関係にもある。母と娘が関係を修復する過程、南北を越えた女性たちのシスターフッドだ。男たちは腕力で闘うが、女たちは知と連帯で闘う。裏切りに怒り、復讐を誓い実行するのは女性たちなのだ。

 南北の女性たちの友情を象徴する言葉がある。「クリゥム」。「恋しさ」と訳されていたが、「懐かしさ」「会いたい」という意味もある。日本語で一言で表現するには難しいと翻訳家の知人が言っていたが、美しい言葉だと思う。女の友情の一番柔らかい部分が、最も的確に言葉にされたと思った。「愛の不時着」をきっかけに韓国語のみならず北朝鮮の言葉への関心も高まっているという。

 これまでも韓流ドラマは多くを越境してきた。時代を超え、言葉を超え、文化を超えて、私たちに優しく触れてきた。未来の見えない今だからこそ、国に守られない現実を生きている私たちは、38度線を優しく越える韓国ドラマを握りしめるように観るのだ。こんな物語が生まれる文化を得たい。女性や男性がこれほど誇らしく対等に描かれる世界を見たい。今を超えたいのだ。

 セリのセリフにこういうのがある。北朝鮮で出会った「弟たち」に語りかけるシーンだ。

「美しい世界になったらいいのに。そうしたら連絡くらい取り合えるのに」

 日本が植民地にしなければ分断されることもなかっただろう朝鮮半島の歴史を突きつけられながら、「美しい世界になったらいいのにね」と声に出してみる。コロナ禍を生き抜いたら、今度こそ、私たちは良い社会をつくろう。命が守られる社会を作ろう。

(作家・北原みのり

AERA 2020年6月8日号

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