高樹:そうそう。髪の手触りとかね。髪、長くする?
林:しないしない(笑)。本の中で、暗闇の中で「烏帽子をとってください」って言うと、すごくためらうじゃないですか。
高樹:あれはね、絵巻物の中に共寝して裸になってる男が、烏帽子つけたままの絵があったの。男は頭頂部を人に見られるということに、ものすごく抵抗があったんだって。
林:へえ~、おもしろいですね。
高樹:だからセックスするときも烏帽子をつけてたの。でも、それをとらせる女が出てきて、男の頭をなでなでする、なでなでされることが快楽になってくるというのは、私のフィクションですけど(笑)。
林:この『業平』という本、小説家として円熟した今だからこそ書けた作品ですよね。
高樹:今まで手をつけないでおいてよかったかなという気はする。もう74歳になっちゃったから、自分の命があとどれぐらいってわかるじゃないですか。あなた今、直木賞の選考委員をやってるけど、私は去年、芥川賞の選考委員も卒業したからさ。もうここから先は第三次。寂聴さんは90歳を過ぎてもやってるから、まだ3分の1残ってると思って。
林:素晴らしいです。まだまだ大丈夫ですよ。作家としての第三次の領域に入って、これからは古典の小説化ですか。
高樹:そうですね。古典と格闘するときには、作家の身体からできてくる文体というのが私の場合は特に必要で、文体を手に入れられたら、平安のいろんなものが書けるんじゃないかなという気がしてる。
林:うわっ、すごい楽しみ。
高樹:まだ手をつけられていない平安期の文学って、いっぱいあるからね。第三次というか、私なりの小説家としてのアプローチの仕方が、平安にあるような気がしてる。
林:それはすごいです。おもしろそうですね。
高樹:文体って、そういうわからないところをのみ込ませちゃう力っていうか、そんな大昔のことなんて誰もわからないけど、それを文体自身が持ってる力で押し倒しちゃう。文体がその力を持つには、頭でつくるんじゃなくて、身体が保証してるものが必要かなと思う。
林:なるほどね。今日は70代前半で新たなスタートを切ったお話が聞けて、すごく元気をもらいました。作家って、いくつになっても書けるからありがたいですよね。
高樹:そう。元気ならば。
林:コロナがまだ不安ですけど、お互い気をつけましょうね。
(構成/本誌・松岡かすみ 編集協力/一木俊雄)
※週刊朝日 2020年6月19日号より抜粋