高樹:多少は引くかもしれないね。私もそういう場面では「男が入っていったら、いつの間にか気配が消えた」って書いたんだけど、訪れる男の人がいるのはありがたいことだということで、お邪魔にならないようにそっと引いたんじゃないか。そもそも、排泄の場面がぜんぜんないから、私、「どこでするんですか?」って聞いたの。
林:昔、「樋洗(ひすまし)」という身分の低いトイレ係の人がいたというから、トイレはおまるを使ってたんだと思いますが。
高樹:男の人は、広い袴の中に桶を差し入れて、身分の低い人に「はい、捨てて」という感じだったんじゃないかな。小説家っていうのは、どうやって食べて、どうやって排泄するかというのがいちばん気になる。
林:そう、いちばん気になる。
高樹:『業平』の中にも、「二人で結んだ“下ひも”(下着の腰ひも)を、一人でほどかないように」という歌があって、その返しの歌で「あなたが来ない日に、“下ひも”を解くことなんてありませんよ」って書くんだけど、下着をひもで結んでるって、ある意味じゃ貞操帯じゃないけど、「この女を何とかしたい」っていう情念が盛んになったら、自動的にひもが解ける。これ、すっごいエロティックな話でしょう?
林:私、いつも思うんだけど、当時の女の人って、今の12、13歳ぐらいの、胸も平らで、あんまり食べてないから、栄養失調気味で痩せて貧弱。日にも当たってないから、青白い感じの女の人ばっかりだったんだと思います。だからむっちり肉感的な人って、けっこう高得点だったんじゃないかな。
高樹:肉があったほうが、男から見れば素敵だったんだと思う。それより何より、髪よね。あのころ「付け髪」もあったぐらいだから、髪の毛が長くて豊かであるってことが女の価値になっちゃうんですよ。暗闇に忍び込んでいくわけだから、とりあえずわかりやすいのが髪の毛じゃない? 髪の毛がガサガサしていなくて、ちゃんと艶やかで、たっぷりとあるっていうことがセクシーなことだったんじゃないの?
林:暗闇の中で髪をつかむときのひんやりとした、たっぷりとした髪の毛っていうのが欲情を誘うわけね。
高樹:うん。欲情っていうのも文化よね。インプットされてきたもので発情装置が起動するというか。だから髪を切ったら、女としての対象じゃなくなる。
林:寂聴先生がおっしゃってたけど、いくら源氏でも、出家した女には手を出さないって。
高樹:そうらしい。出家といったって頭を坊主にするわけじゃなくて、肩の下あたりで髪を切るんだけど、髪が人間の女としての欲情の対象となってたんじゃないかな。
林:暗闇の中で冷たい髪をつかんで引き寄せるという、それがなんかエロティックですよね。