歌物語「伊勢物語」の主人公とされる在原業平。平安の歌人としてだけでなく、希代の色男としても有名ですが、そんな業平の一代記を作家・高樹のぶ子さんが最新作『小説伊勢物語 業平』で描きました。「源氏物語」を小説として紡ぎ上げた作家・林真理子さんとの対談では、古典を題材にしたおふたりならではの話で大盛り上がりでした。
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林:これを書くにあたっては、古典の先生にすごくレクチャーを受けたんですか。
高樹:もちろんフィクションのところもあるんだけど、押さえておくべきところは押さえておかなきゃいけないので。というのは、業平の人生って誰も真正面から書いてないから、業平の人生はこれを基準にされるかもしれないし、実際、私の『業平』を読んでから「伊勢物語」に取りかかったほうが理解しやすい、とおっしゃる国文学者もいて。
林:あ、そうなんですね。
高樹:そうすると気になるから、早めに書いて国文学の先生に見てもらうと、ものすごくチェックが入ってくるわけ。「この時代、天皇は清涼殿にいません。ここにお住まいになるのは宇多天皇のころからです」とか言われて、「じゃあ、この話の場所を変えます」とか、そういう苦労はありました。基本、国文学者って「源氏」ばっかりなんですよ。研究者というのは全部「源氏」以降なんです。さすがに「源氏」っていうのはそういう重さがあるんだけどね。
林:でも、小説家が知りたいことって、わりとそういうことじゃないんですよね。私、「源氏」の小説を書いてるときいちばん知りたかったのは、男宮と女宮が御簾の中に入ってそういうことを始めたとき、そこにいた女房たちはどうしていたのか……。
高樹:それは今と違う感覚で、あんな大広間に御簾を置いたりして、そこに何人もの人が寝ていて、その中で睦ごと、共寝するんだから、静かに行われたんじゃないかと思う。
林:私、聞いたんです。一つは今と違って静かに行う。もう一つは、女房なんか人間と思ってないから、見られたって声を聞かれたって平気だった。どちらですか。
高樹:身分差もあると思う。両方だったと思うな。だから女のところに通ってきた男の人も、周りを気にするというより、それは高貴な、雅な営みだったんじゃない?
林:私がレクチャーしてもらった先生は、「女房たちはさっと後ろに下がることになっている」って言うんだけど。