半世紀ほど前に出会った97歳と83歳。人生の妙味を知る老親友の瀬戸内寂聴さんと横尾忠則さんが、往復書簡でとっておきのナイショ話を披露しあう。
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■横尾忠則「絵描きは、アホにならんと描けまへん」
セトウチさん
如何(いかが)お過ごしですか。寂庵の園は年中、浄土の花が咲き乱れて、小鳥がギャーギャー囀(さえず)り、紫の雲が棚引き、天女のストリッパーが舞い降りて、妙(たえ)なる虹色の楽の音をドンチャカ奏で、お釈迦様のムッチリした太股(ふともも)を膝枕(ひざまくら)として、夢心地の午睡を洟ちょうちんと共に貪(むさぼ)っておられる寂聴尼には、コロナもへったくれもなく、さぞお幸せな永遠の刻(とき)をお戯れのこととお察し申し上げます。
イイナー、セトウチさんは。下界はおっかなびっくりの毎日を戦々恐々と今日もコロナ、明日もコロナとおびえながら寿命の縮む想いで、あと、いくつ寝たらナントカなるのかなと指折り数えながら、これでもか、これでもか、と描けば描くほど下手になる絵をイヤイヤ描いています。もうやること、することも見つからないので、本誌の巻頭グラビアにあるようなマスクアートを毎日、一文の得にもならないことをアホみたいに描き続けています。できればこのまま一生、マスクアートだけでメシが食えればと思う今日この頃です。頼まれもしないマスクアートなど描いて何になるんや。こんな絵で世の中を変えようと思ったら罰が当たりまっせ、変えたいんやったらプロパガンダアートでないとアキまへん。何んや、そのプロパガンダアートとは? よー知りまへんけど、芸術で政治がよーやらんことをやって世の中に革命を起こそーという芸術でんねん。へえー、そんなもんでっかー。
蟹工船みたいに働いても働いても、ワテのマスクアートでは食っていけまへん。せやから、プロパガンダアートで早いとこ世の中に革命を起こしてもらうしかない。ワテのマスクアートはプチブルの仕事でっさかいに、趣味の域を出ません。こんな貴族趣味のアートは、金が出るばかりで、入ってくるものは何もありまへん。