2020年3月、最後の行商専用列車として知られる近鉄の「鮮魚列車」が引退。かつては各地に行商御用達列車が運行されており、当時の活気はいまなお語り継がれている。
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■総武緩行線の黄色い電車に行商の一団が?
その日は、いつもより1時間以上早い出勤だった。この時間帯なら楽に座って行けるだろう──。そんなことを考えつつ、自宅最寄り駅から乗り馴れた総武線の電車に足を踏み入れて驚いた。
扉の向こうは大きな荷物を携えた“おばちゃん”たちで大賑わいだったのである。いくつかの背負い籠からは農作物の雰囲気が感じられる。どうやらこの電車で商売に繰り出すところらしい。もんぺやほっかむり。房総の方言。たしかにいつもの電車よりは空いていたが、同時に日常とはまったく異なる車内の様子に、つかの間たじろいでしまったのであった。
「狭くして悪いね。ここが空いてますよ」
こちらの驚きをよそに、近くのおばちゃんが手招きで招じてくれる。実は、そういう列車が地元を走っていることは知らないわけではなかった。むしろ、都心とベットタウンとを結ぶ総武線の黄色い電車でいまでも行商のひとたちが行き交っているという事実を興味深く思っていたものだ。
「どこからだって? みんないろいろよ。あたしは、浅草橋まで行くんですよ」
なにぶん30年近く前の記憶で細かなやり取りまでは覚えていないのだが、乗り合わせた列車が「いつもの電車」という話であった。いまもご健在だろうか、後を受け継いだ人はいるのだろうか。のちの崩壊を間近に控えた“バブル経済”さなかの思い出である。
■200人を超す常連客で賑わった近鉄「鮮魚列車」
こうした行商御用達列車は、実は各地にあった。総武線と並行している京成電鉄では、「なっぱ電車」と呼ばれる野菜の行商専用列車(嵩高貨物専用車)が戦前から運行されていた。利用者は「京成行商組合員」に限られ、千葉県や茨城県の農産物を上野界隈などで売り捌いていたという。京成の専用列車は1982年に廃止されたのち、一部定期列車の最後尾車両を専用車とすることで2013年3月まで運行が続けられてきた。