愛煙家は今、肩身が狭い思いをしているが、かつてタバコは話芸や心情を表現する上で重要な小道具だったという。そんな時代の、著名人のタバコにまつわる秘話秘蔵写真を盛り込んだ『タバコ天国』について、作家・編集者の佐山一郎氏が論評する。
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評者は1980年代にタバコをやめ、副流煙にも敏感なほうである。「『吸ってもよろしいですか』と言いながら、もう準備万端じゃない」とイヤミを言うことがある。
ただ、それとこれとは全く別問題なのである。昭和ヒト桁=戦中派の著者は本書でこう綴る。
「例えば、NHKの朝ドラとか大河ドラマでは、当然無くてはならないところでも、煙草はカットされる運命にある。これほど不自然なことは他にないだろう」(第七章「アーチストは煙草を愛す」)
「日本映画ではめっきりタバコが減少した。テレビ・ドラマに至っては、消えてしまっている。いかにも日本的な統制国家的現象に思えてならない。怖い時代へ突き進んでいる」(第十六章「わが永遠のグリーン・グラス」)
ある種の歴史修正主義と言ってもいい。時代劇から刀剣を省いてしまうようなものである。女優がお歯黒をしないのとは事情が違う。そうした無かったことにしてしまう動きに対しては、時代考証で抵抗するしかないのである。本書からはそんな役割も仄見える。
著者・矢崎が編集長を務めた『話の特集』に郷愁を感じる世代がいる。同誌は65年から95年まで続き、2005年に創刊40周年記念号を刊行している。人気のピークは永六輔、和田誠、中山千夏、岩城宏之、野坂昭如、井上ひさし、五木寛之らとともに対抗文化圏を築いた70年代だった。インディーズ系の大物出版人という位置づけで矢崎タイキューは理解されている。
20冊近くにもなる単著には『話の特集』をもり立てた人びとを回想する交遊録系統のものが既に4点あり、重複する記述がないわけでもない。女優・吉田日出子を早逝してしまったと書くような凡ミスにもおどろいたが、本書はこれまでとは一線を画す。