昨年9月23日の巨人戦以来398日ぶり、そして現役最後となる神宮のマウンド。その上に立つ五十嵐の元に守備に就くナインが歩み寄り、1人ひとりハグを交わす。それは五十嵐自身も「ちょっと感情があふれそうになってしまった」という、感動的な光景だった。

 偶然だが、ここで打席に入った中日の7番バッター、モイセ・シエラは、2012年にはトロント・ブルージェイズのマイナーで五十嵐のチームメイトだった選手。その年の7月にメジャー昇格を果たし、8月12日にはニューヨーク・ヤンキースに移籍していた五十嵐と2度対戦して、ヒット1本を打っている。

 そのシエラに対し、五十嵐が「自分らしいボールを投げようと思って、真ん中めがけて」投げ込んだ初球は、ケレン味のない143キロのストレート。シエラがこれを強振すると打球は三塁の右を襲うも、アルシデス・エスコバーが横っ飛びでグラブに収め、起き上がりざま一塁に送ってサードゴロに仕留めた。忖度なしのガチンコ勝負は五十嵐に軍配が上がった。

 わずか1球。若き日の「ワイルド・シング」然とした渾身のストレート勝負で最後のマウンドを終えた五十嵐のところに、高津監督が足を運ぶ。かつてはセットアッパーと守護神の間柄で「年齢はずいぶん離れてるんだけども、一緒に過ごした時間がすごく長かったので、言える思い出もあれば、他人に言えないような思い出もたくさん詰まってます」(高津監督)という2人は、改めてハグを交わした。

 驚いたのは、ファンの惜しみない拍手に帽子を取って応えた五十嵐が、一塁側のベンチに引き揚げながら、エスコバーから手渡されたボールをスタンドにポーンと投げ込んだことだ。「あんなにたくさんのファンに来ていただいて、最後の1球だったんですけど、その気持ちを伝えたいなという思いで投げました」という、五十嵐なりの感謝の表れだった。

 五十嵐にとってこの日、最後の舞台となったのは試合後の引退セレモニー。7分近くに及んだスピーチの終盤、スタンドのファンに起立を促すと「これからも東京ヤクルトスワローズと共に戦っていってくれるでしょうか? ヤクルトスワローズを愛していってくれるでしょうか?」と、自身が引退しても変わらぬ「燕愛」を呼びかけたのも、実に彼らしかった。

次のページ
最後の最後まで五十嵐は五十嵐だった