精神的に追い込まれると、技術にも影響が出るもの。

「どん底の時期は結構長くて、10月終わりくらいまでありました。どん底に落ちきって、トリプルアクセルすら跳べなくなった時期がありました」

 暗闇の底にいたというその時期。羽生は古い二つのプログラムを踊ってみたという。それは8~11歳の頃に滑っていた「ロシアより愛を込めて」と、エキシビ曲「春よ、来い」。スケートがただ大好きで滑っていた気持ちを取り戻し、多くの人々に力を伝えたいという現在の思いを再確認したかったのだろう。

「両方のプログラムをやった時に『やっぱりスケート好きだな』って思ったんです。『スケートじゃないと自分はすべての感情を出し切ることができないな。だったらもうちょっと自分のためにわがままになって、競技を続けてもいいのかな』って思った時が、ちょっと前に踏み出せた時です。その頃から、コーチたちにビデオを送って『こんなふうになっているんだけど、どう思いますか』とアドバイスをもらったり、頼ることができはじめたんです」

■明るい曲のほうがいい

 調子を取り戻していくなかで、新プログラムも磨いていった。ショートは、ジェフリー・バトルが選曲したロック「Let Me Entertain You」。ただ、リモートで細切れに振り付けしていくには、やはり苦労があった。

「まず最初にステップだけ送られてきたんですが、場所も反転させたり、音の取り方や手の振りは自分でほとんどアレンジしました。ジャンプも『自分のタイミングだったらこうかな』と、試行錯誤してやってきました」

 振付師に頼れないぶん、自分のこだわりを詰め込んだ。

「こだわったのは押し引きみたいなものです。みなさんが見ている中で、呼吸ができる場所、心からノリ切れる芸術性みたいなものを考えながら振りを入れました。自分の代名詞のハイライトになるところは(『パリの散歩道』から)ひっぱってきた部分もありますし、このプログラムの音にどういう振りを入れるかを大事にしました」

 羽生の十八番であるブルースロック「パリの散歩道」からひっぱってきたのは、長い手足を生かしたポーズ「ヘランジ」。ファンの心をくすぐる一曲を仕上げていった。

「最初はピアノ曲を探していたんですが、ニュースや世の中の状況をみているなかで、やっぱり明るい曲のほうがいいなと。ちょっとでも明るい話題になったらなとこの曲に決めました」

(ライター・野口美恵)

AERA 2021年1月18日号より抜粋

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