昨年末に開かれたフィギュアスケート全日本選手権で羽生結弦選手が完全勝利をおさめた。コロナ禍という異例の事態のなか、羽生は「暗闇の底に落ちる感覚」だったという。AERA 2021年1月18日号では、羽生選手が「全日本」前の心境を吐露した。
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今季初戦となる全日本選手権で、羽生結弦(26)は、フリーの演技を終えたポーズのまま10秒間、リンクの中央で天井を見つめた。心の中でつぶやく。
「すごくいろいろな力をもらえたな。戦い抜いたな」
ショート、フリーを通じて6本の4回転を含む全ジャンプを降りる、圧巻の演技。総合319.36点で、参考記録ながら今季世界最高得点での優勝を決めた。さらりとやってのけたようにさえ見えたが、実際にはこの10カ月は、葛藤の連続だった。
羽生が最後に公式戦で滑ったのは昨年2月の四大陸選手権。3月の世界選手権はコロナ禍で中止になり、帰国後はコーチ不在のまま自主練習を続けてきた。
最初の葛藤は、グランプリシリーズの辞退だった。自身の感染リスクに加え、関係者やファン、コーチに気を使った。
「私が動くことによって多くの人が移動し集まる可能性がある」とコメントし、自らが「出場しない」という犠牲を負った。
■暗闇の底に落ちる感覚
ところがシーズンが始まると、米国のネイサン・チェン(21)や中国の金博洋(23)、日本でも若手の鍵山優真(17)らが、各地域の試合で活躍。嫌でもニュースは耳に入った。
「僕の中に入ってくる情報は、やっぱりみんなすごく上手で、うまくなっていて、1人だけ取り残されているような、暗闇の底に落ちていくような感覚がありました。なんかもう1人でやるのやだな、疲れたな、もうやめようとも思いました」
試合があれば評価を得ることで課題も見つけやすい。コーチがいれば、客観的なアドバイスももらえる。しかし10カ月間も1人で過ごした羽生は、かつてない孤独の状態に陥った。
「毎日1人でコーチなしで練習していました。家族以外とは接触もしていません。1人で悩み始めると、負のスパイラルに入りやすいなと思いました。昨季に宇野昌磨選手が1人でグランプリシリーズを戦った時『やっぱり難しいんだな』と思いましたし、僕自身も昨季のグランプリファイナルで、ショートは1人でやってうまくいかなかった経験がありました」