東京大学教育学部出身の李炯植(リヒョンシギ)さん(30)は、経済的困難を抱える子どもに学習や居場所などの包括的支援を行う特定非営利活動法人「Learning for All(ラーニング フォー オール)」(LFA、すべての子に学びを)で代表理事を務める。問題意識の出発点は、成人式だった。
兵庫県尼崎市出身。約30棟が立ち並ぶ団地で育った。成人式で帰省したとき、家庭にお金がなく専門学校進学を諦めたり、働かざるを得なくなったりした元同級生と再会した。その話を東大の友人にすると、返ってきたのは「努力が足りない」「バカはバカなりに生きればいい」という言葉だった。
「問題は子ども個人にあるのではない。家庭環境や、その環境を生み出す社会のほうを見ないといけないのでは」
そんな思いを抱いた。
兵庫県内の中高一貫校で学んだ。受験コースの1期生として、晴れて日本のトップ大学へ。だが、大学の同級生の大半は有名進学校出身で、自分が育った環境とは違った。奨学金返済を理由にパチンコ店に入り浸った。
学ぶ楽しさに目覚めたのは2年生、教育哲学のゼミに入ってからだ。
「先生の話を聞いていると、世界の見え方が変わっていく。育ってきた環境の違いに関しても、社会の仕組みに目を向けて考えられるようになりました」
3年生で学習支援のアルバイトを始め、大学院時代の2014年にLFAを設立、代表理事に就任した。今、年間約1千人の子どもを助ける。
東大生の家庭は6割以上が年収950万円以上だ、とする東大の調査結果を示しながら言う。
「東大の同級生には、小中高私立で貧困家庭の子どもに出会ったことがない人もいます。実情を知らない人が省庁で政策立案に関わるのだとしたら危うい。自分は机上の空論でなく、実践活動に関わりたいと思ったんです」
コロナ禍で保護者から相談を受ける機会も増えた。「大学に行くのは高校卒業後すぐでなくてもいい」と前置きした上でこう語る。
「大学は人生の可能性を広げる場所。自分も格差・貧困という今につながるテーマを見つけられました。どんな状況であれ、学び続けるという希望を誰しも持ち続けてほしい」
すべての子どもに送る、李さんなりのエールだ。(本誌・松岡瑛理)
※週刊朝日 2021年1月22日号