「私は健康について、(1)身体の健康とは苦痛からの解放(Freedom from Pain)、(2)心の健康とは情念からの解放(Freedom from Passion)、(3)生命の健康とは利己主義からの解放(Freedom from Egotism)と定義しています」

 私はその言葉にとても納得して帰国し、対談をすることになっていた英文学者の加島祥造さんに、そのことを話しました。加島さんは亡くなりましたが、当時、信州の伊那谷で暮らし、老子についての著作を発表していて、その風貌(ふうぼう)からも“伊那谷の老子”と呼ばれていました。加島さんは話を聞いた後、少し間をおいて、こう言うのです。

「うーん。私なら[from]ではなくて[in]だなあ」

 さすが伊那谷の老子です。つまり、「苦痛からの解放」ではなくて、「苦痛のなかでの解放」だというのです。

 このときの加島さんの[from]ではなく[in]という教えは、とても重要です。それは、たとえ病のなか[in]にあっても、からだ、こころ、いのちが解放されていれば、健康だといえることなのです。

 私は医療の本分とは、患者さんが病のなかにあっても、人間としての尊厳を保ち続けられるようにサポートすることだと思っています。それは病のなかにあろうと、患者さんの健康は守れるということが前提なのです。

帯津良一(おびつ・りょういち)/1936年生まれ。東京大学医学部卒。帯津三敬病院名誉院長。人間をまるごととらえるホリスティック医学を提唱。「貝原益軒 養生訓 最後まで生きる極意」(朝日新聞出版)など著書多数。本誌連載をまとめた「ボケないヒント」(祥伝社黄金文庫)が発売中

週刊朝日  2021年1月29日号

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帯津良一

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帯津良一(おびつ・りょういち)/1936年生まれ。東京大学医学部卒。帯津三敬病院名誉院長。人間をまるごととらえるホリスティック医学を提唱。「貝原益軒 養生訓 最後まで生きる極意」(朝日新聞出版)など著書多数。本誌連載をまとめた「ボケないヒント」(祥伝社黄金文庫)が発売中

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